教養学部 肥喜里 穂歩さん
放送大学山口学習センター

私は、文章を書くことが好きです。次の歌は私が短歌を始めるきっかけになった方の歌です。
音もなく涙を流す我がいて授業は進む次は25ページ
(歌集「キリンの子」より)
一読して私のことだと思いました。ですが、私の作品ではありません。
セーラー服の歌人として知られる鳥居さんという方の短歌です。彼女は、義務教育を満足に受けられないままの大人がいることを社会に訴えようとセーラー服姿で取材を受けられています。彼女の人生は壮絶と言い表されることが多いのですが、この歌に深く共鳴するひとたちもいるのではないでしょうか。
放送大学は、広く国民に開かれた教育機関です。学ぶ意志さえあれば、学力も年齢も関係ありません。私がここに行き着くまでにも、あなたがここにたどり着くまでにも、そしてこの先も様々な物語があると思いますが、私の告白に少し耳を傾けてくれませんか。
私は授業が怖いです。テストも怖いです。でも、嫌なわけではありません。怖いのです。あの頃の日々を思い出してしまうからです。
そんな私に一筋の光をくれた作品があります。
傷のない果実を選ぶ そのたびに私はわたしを好きになれない
この作品で、私は第26回若山牧水青春短歌大賞を頂きました。
社会は私たちを様々な尺度をもって評価します。例えば、想像してみてください。就職の面接などにおいて、輝かしい経歴をもつ人が選ばれ、傷のある人は選ばれないこともあるでしょう。
この歌の主体は傷のない果実を選んでいます。そして、そのたびに自分のことを好きになれないと言っています。
なぜでしょうか。
私が考えるに、この歌の主体は自分自身が誰かをはかっていることが嫌なのだと思います。生きていくためには計算も必要かもしれません。しかし、主体は平等という言葉に目を向けています。どの命も、どの人生にも価値があることに変わりはありません。
近年、生きづらさという叫びが多いように感じます。
私は短歌や文章を通して、少しだけ私自身を認めてもらえたように感じました。放送大学で学ぶ皆さんにも自分を救う小さな光を探してみてほしいと思います。
食べることでも、眠ることでも、歌うことでも構いません。
そして、それを決して責めないでいてほしいと思います。
学生の本分は学業ですが、その前に私たちはひとりの人間です。機械でも、AIでもありません。機械でさえ、バグを起こしたり故障したりします。人間として生きることは大変です。
死もあるでしょう。病もあるでしょう。ですが、みんな必死に生きています。私は様々な事情や背景を抱える皆さんの学びを応援しています。そして私自身も卒業、そしてその先まで頑張っていきたいと思います。
最後に、みなさんに次の歌を贈ります。
何度でも学んでみよう 人生のキセキを描く虹の軌跡を
山口学習センター機関誌「とっくりがま」第114号(2026年4月発行)より掲載


