入学から名誉学生になるまで

名誉学生 藤本 敏雄さん

放送大学群馬学習センター

藤本敏雄さんの写真

学籍番号042から始まる私は、娘4人を社会に送り出し心に余裕ができたことで、若い頃の大学に行きたかった想いが心を奮い立たせた。50歳を過ぎた私にでも仕事と両立出来る通信制大学を模索したが、どれも群馬から遠い学校ばかりであった。ある時ふと放送大学の看板が目に入った。そこで資料を持ち帰ってよく検討した。4年間で放送教材を50冊以上、何とかなるのだろうかと不安だったが決心をし申し込みをした。
仕事と両立するため選科履修生として学習を進め、3年間で20単位をとることができた。これなら出来ると全科履修生として再入学し、自然と環境コースの科目を履修した。案外楽しく学習できた。卒業間近にクラブで富士山頂まで登った。あの頃は余暇活動によく参加した。学士入学を考えていた時、他の大学から社会人枠があり入学しないかという書類が送られてきた。しかし今更入学金のかかる二重生活は無理なので、放送大学の人間と文化コースを履修し始めた。このころは5コースで名誉学生の称号がもらえると思ったが情報コースが新設された。また私自身の能力も、以前より相当鈍くなり勉強しても頭に残らなくなった。
最初のころのテストは結構良い点数が取れたが、段々と再入学するたびに能力が劣るのが感じられた。社会と産業コース辺りの学習からはテストで不合格になることもあったが、中身が濃く、ためになる文章が多かった。生活と福祉コースは自分には余り興味が湧かない分野なのだが、「ここでくじけては」と頑張ったがどうにも慣れない分野なので苦労した。いよいよ難関の情報コースの勉強を始めたが、教科書を開いた途端、わけのわからない数式が沢山出てきてこれにはまいった。図書館などの参考書を利用させてもらい、「ここまでくれば」と気力を振り絞り、記憶力も相当落ちていたが生徒として頑張った私からしてみると、情報は未知の領域だったのでなおさら履修するのに苦労した。ましてやテストはパソコン上で時間が限られ、私は「理解するのをもうやめようか」と投げ出したくなった。それぐらい本当に情報の勉強は難しかった。6コース目の心理と教育では、70歳を過ぎ後期高齢者近くになった年寄りの能力は格段に落ちてしまっていて、覚えるのに本当に苦労した。同じ教科を3回落とした経験を何度もしたのだった。面接授業も参加し、関東界隈の学習センターを始め、新潟、遠くは九州国立博物館まで出向いた。

過ぎ去った思い出として振り返ると、最初のころは仕事との両立のため、仕事仲間にはいろいろと言われたが、結果として6コース修了を成し遂げられたのは周りの皆のお陰であり感謝している。名誉学生の称号と立派な楯ももらい、歳をとっても人間として何事にも大きく対応出来る様になった。今まで学問という悪戦苦闘の道を歩んできたが、今は少しゆとりもでき電気工学の勉強を始めた。

たまには学習センターに寄らせてもらいます。皆で頑張ってセンターをもっと大きくしましょう!

<動画紹介>

本記事に関しまして、インタビュー動画もございます。ぜひ、ご覧ください。


群馬学習センター機関誌「上州」第95号(2025年7月発行)より掲載

公開日 2026-04-24  最終更新日 2026-04-28

あなたにおすすめの記事