【学習センター機関誌から】面接授業「江戸時代の暮らしとその舞台」を受講して

全科履修生 河邉 文代

私は 2021 年 10 月に 3 年次編入しました。職業柄、様々な年齢の、様々な経験を持たれた方々とお話しする機会が多く、そんな方々の話をもっと深く理解したいという思いがあり、定期的に「学びたい思い」が波のように押し寄せては、日々の忙しさがその波をかき消していくということを繰り返していました。そんな波が今年もやってきました。そんな時、「やってみたら?」と家族が私の背中を押してくれ、お蔭でとうとう波に乗ることが出来たのです!ほぼ勢いに任せて飛び乗ったような状態です。そんな状況ですので、面接授業の追加登録の案内を見た時は、「面接授業って?受けないといけないの?何を受けたらいいの?」頭の中には数えきれないほどの「?」。さぁ、どうしよう。学生証を受け取りに学習センターに伺った際、職員の方にあれやこれやお尋ねし、選んだ授業の一つが「江戸時代の暮らしとその舞台」でした。


私は、歴史についての知識は決して深くありません。そんな私が大学の講義についていけるのか?不安でした。授業の 1 日目、同じ授業を受けるために集まった皆さんは年齢も職業も様々でしたが、どなたの顔からも「わくわく」と「どきどき」の入り混じった前向きなオーラを感じました。そんな皆さんの表情が、私の緊張を「2 日間楽しく過ごそう」という気持ちに変えてくれました。

授業では、江戸時代の人々の暮らしを、古文書や古地図を読み、実際に町を歩くことで理解していきました。当然ながら私は、古文書を読むことなんてできません。金谷先生の解説で「なんとなく理解できたような気がする」程度です。それでも、江戸時代の人々の暮らしを身近に感じ、人々の生活を想像し、現代の暮らしと比較し、「歴史を知ることは楽しい」と思うことが出来ました。歴史についての興味・関心が深いと言えない私が、そう感じることが出来たのは、授業が「時は、どう流れるか?」「時を、どう区切るか?」という話題から始まったからかもしれません。

明治になって、懐事情の苦しい政府が給料を出す回数を減らそうと、閏月のあった明治 6 年の旧暦から 12 か月の太陽暦に変えたという話や、江戸時代、農業は節(太陽暦要素)によって営まれていたが、行事は暦日(太陰暦要素)で行われていたという官民の感覚の違いを思わせる話、また、クリスマスイブはクリスマスのイブニングで、クリスマスの「前日の夜」ではなかった(教会暦での一日の始まりは日没だった)という話など。

そんな、「時」の話題から、1 年をどのように過ごしていたか、江戸時代後期にまとめたといわれる「防長風土注進案」から引用された古文書により解説して頂きました。この、「防長風土注進案」には、萩藩のほぼすべての村の様子が記されています。時代は違っても同じ土地の出来事であると知ることで、身近な誰かの日記を読んでいるような気にさえなりました。現代に続く地域の行事や、お正月やお盆の過ごし方など、江戸時代の習慣や風習を引き継いだものがある一方、少しずつ形を変えてきたものがあるということも、参加された他学生の発表により知ることもできました。古地図を手に山口市内を歩いた際には、馴染みある街の風景と古地図の道がぴったりと重なったことに驚きました。江戸時代から続く道、そこでは現在も人々が生活を営み、時が流れています。それが「歴史」となり受け継がれています。

一緒に参加した学生の皆さんは市内の方が多くおられ、子供のころの街並みやお祭りの様子を伺いながら歩きました。そんなお話しと授業の内容から、「私たちは、長い歴史のある一点に生きているだけだけど、「時」を遡って知り伝えることで、これから先の「時」を作っているのかもしれない。歴史を知ることは未来を創る事につながるのかも。楽しい!」と思えたのです。


初めての面接授業、しかも、得意でない分野。様々な、不安がありましたが、先生やセンター職員の皆さん、ご一緒した学生の皆さんのおかげで、予想を裏切る充実した 2 日間となりました。面接授業は私にとって、勉強に挫けそうになったとしても、そんな事さえ忘れる程モチベーションを上げてくれる場となりそうです。これからも面接授業を積極的に受講し、楽しく学びを深めたいと思います。皆様、これからもどうぞよろしくお願いいたします。


(山口学習センター機関誌『とっくりがま』第97号,2022年1月)

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