【学習センター機関誌から】英国:サッカー界のハンパないライバル関係

滋賀学習センター所長 平井 肇

サッカーの試合では、ダービーマッチと呼ばれる対戦があります。もともとは同じ町や地域のライバルクラブ同士の対戦のことで、イギリス・ダービーの町にあったふたつのクラブの対戦がこの名称の由来だと言われています。身近なライバルとの数多い対戦の中でいろいろな出来事が起きて、選手だけでなく応援するサポーターもいつも以上に盛り上がります。「おらが町のダービーマッチ」はそれこそ世界中至る所にあって、最近ではサッカー以外のスポーツでもダービーマッチという呼び方が使われます。

日本のJリーグでも埼玉ダービーや大阪ダービーなどが盛り上がりますが、サッカーの母国イギリスでは、私たちの想像を超えるようなダービーマッチがいくつもあります。このようなライバル関係では、地理的な要因に限らず、社会や文化的な要因も大いに関係しているケースがほとんどです。


イギリスのスコットランドに、レンジャーズ(Rangers Football Club)とセルチック(Celtic Football Club)というクラブがあります。どちらもスコットランド最大の都市グラスゴーに本拠地があり、実力と人気において他のクラブの追随を許しません。

レンジャーズは1872年に、セルチックは1887年に創設されました。スコットランドの最高峰のリーグ120年間の歴史の中で、前者が54回、後者が51回優勝していています。これ以外のクラブが優勝したのは、 1984-5 年のシーズンが最後です。両チームの本拠地での平均観客動員数は、約5万人です。この強豪同士のダービーマッチは特別にオールド・ファーム(Old Firm)と呼ばれていて、異常なまでに盛り上がります。 そしてこの盛り上がりの背景には、スポーツの枠を超えたふたつのクラブを取り巻く長くて複雑な歴史が関係しているのです。

レンジャーズの支持者は、この土地で多数派のプロテスタントの長老派に属し、地主や商工業者として代々この地域の政治や経済を支配してきた人たちの子孫です。レンジャーズには王室の森林の保護官という意味 もあります。チームのユニフォームはスコットランドの旗のブルーが基調で、紋章にはスコットランドのシンボルのライオンが描かれています。 セルチックの支持者は、19世紀にアイルランドを襲った飢饉から逃れてこの土地に移り住み労働者となった人たちの子孫が多く、カトリック教徒です。セルチックとはケルト人という意味です。チームカラーは彼らが多く住むアイルランドのシンボルの緑と白、紋章は四つ葉のクローバーです。


ところで、イギリスのパブにはふつうドアがふたつあって、中産階級用と労働者用に分かれていました。口に運ぶビールやウイスキーの銘柄は同じでも、お互いが会話を交わすこともなく、会話の中身も違うはず です。サッカーもこれに似ています。同じルールでプレイをしていても、同じチームでプレイをすることも、同じチームを応援することもありません。唯一の接点が試合での対戦で、特にダービーマッチと呼ばれるような大きな試合は、過去の出来事や日頃の生活の延長線上にあるのです。レンジャーズとセルチックのダービーマッチOld Firmは、スコットランドの歴史と現実を背負った代理戦争の場でもあるのです。マスコミがライバル関係をあおり、選手同士やファン同士のトラブルは日常茶飯事です。

ところが、グルーバル経済や国際関係の変化、価値観の多様化などで、最近このライバル関係に変化が生じています。クラブはこれまで以上にビジネス優先となり、必ずしも過去のしがらみにとらわれないファンが増えてきているようです。近年、EUとの関係強化や北アイルランド紛争の沈静化などで、スコットランドは比較的平穏な時期にありました。しかし、イギリスのEU離脱やスコットランドの独立運動の再燃などで社会がまた不安定化すると、Old Firmの様相も変わるかもしれません。

スポーツは社会を映し出す鏡だと言われますが、レンジャーズとセルチックのこのハンパないライバル関係は、その顕著な例だと言えるでしょう。

(滋賀学習センター機関誌「樹滴第 119 号」より)


機関誌『樹滴』バックナンバーはこちらから→https://www.sc.ouj.ac.jp/center/shiga/about/magazine.html

公開日 2021-05-25  最終更新日 2022-08-08

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