【学習センター機関誌から】新 一万円札の顔と簿記・会計

東京渋谷学習センター客員准教授/東洋大学准教授
増子 敦仁
専門:会計学(財務会計論・会計教育)

 

 慶應義塾大学を創設した福澤諭吉と500社以上の会社の創設や経営に関わり日本資本主義の父と言われる渋沢栄一。この二人にはどのような共通点があるでしょうか。ともに幕末から明治時代にかけて大活躍した人物で、現在の一万円札の図柄には福澤諭吉の肖像画が用いられていますが、2024年の7月から発行される新一万円札の図柄には渋沢栄一が登場することになっています。実は、二人とも簿記・会計の分野でも大きな足跡を残しています。

 まず福澤といいますと、日常の生活や仕事に役立つ実用的・実践的な「実学」を推奨した『学問のすゝめ』がたいへん有名ですが、日本で最初の複式簿記の書籍である『帳合之法』(ちょうあいのほう)も1873(明治6)年に著しています。つまり、実学の際たるものが簿記・会計ということになります。複式簿記は中世のイタリアの商人たちによって考案され、取引を二面的に捉えることによって「原因」と「結果」を記録し、フローとストックの動きを明らかにすることができる特徴を有しており、以後ヨーロッパ各国に広まっていきましたが、江戸時代まで日本ではいわゆる「大福帳」といわれる帳簿自体はありましたものの、一部の取引しか記録されないなど複式簿記に比べると必ずしも十分ではありませんでした。そこで福澤はアメリカの簿記書を基にして複式簿記を紹介し、商工業発展の基礎として複式簿記の普及に向けた啓発を行いました。

 これに対して渋沢も複式簿記の有用性に早くから気づき、大蔵省の役人として明治政府に仕えていたころから欧米の複式簿記システムを国家の会計に導入しようとしていました。しかし、やがて渋沢自身が政府を辞めて民間人として活動したために、長らく日本の公会計は現金主義・単式簿記に基づいており、近年になってようやく発生主義・複式簿記が用いられるようになっています。一方で民間企業では複式簿記による企業会計が浸透し、業種・業態・規模を問わずほとんどの企業で複式簿記による記帳が行われるようになっています。

 また、渋沢は国立銀行条例を制定するに際し、イギリスの銀行家アラン・シャンドという人物をお雇い外国人として招聘し、国立銀行の経営に必要な事柄を講習させましたが、その講義をまとめたのが『銀行簿記精法』で『帳合之法』と同じく明治6年に出版されています。

 さらに『青淵百話』のなかで渋沢は「会社銀行員の必要的資格」について語っており、そこでは学問技術上の資格と精神上の資格とに分けて論じたうえで前者の第一に「簿記に熟練すること」を挙げています。「簿記は計算の基礎でもあり、又事務中にも重要なるものゝ一つを占めて居るのであるから,事務家たらんと欲する者は必ず熟練して置かねばならぬ」と説いています。現代でも簿記・会計は、英語とコンピュータと並びビジネスパーソンの「三種の神器」と言われています。放送大学では簿記・会計に関する科目がいくつも用意されていますのでぜひとも履修されることをお勧めいたします。


東京渋谷学習センター機関誌「渋谷でマナブ」No.18(発行2023年10月号)より転載

公開日 2024-01-23  最終更新日 2024-01-23

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