
私は、終戦迫る2ヶ月前、母の実家がある広島県の中間山地で生まれました。日本は「アジアの奇跡」と称される経済的復興を成し遂げましたが、倹約から消費へ、精神的な豊かさから物質的な豊かさへの大転換期が私の幼少期でした。
科学技術の発展に伴う工業化の波は少年に夢を与えます。成長続ける電機製造業の技術者として就職した時代は、小型コンピュータの黎明期です。キーデバイスを切り札に海外まで事業を拡大しましたが、最後は事業収束の責任を果たし、まったく無縁な医療機器製造業に14年間在籍して定年を迎えました。
転機となったのは2011年フクシマ事故による原発神話の崩壊。「製品を構成する全物質の極少化と循環可能を必須とする」のが工業の大原則ですが、目先の経済優先が人類と自然界との共生を破壊しました。薪づくりと太陽光による3R(Reduce, Reuse, Recycle)の実践、晴耕雨読を日課とし、自分史作成に手つかず状態で悶々としていた頃、先輩や知人から助言を頂き、リベラル・アーツを基本から学べる放送大学に入学しました。
自宅から数キロ離れた福島学習センターは開成山公園に隣接する好環境にあり、園内を散策し書斎代わりに自習室を利用しています。資格取得を目指す学生ではない甘えから、最初の学期試験で1科目不合格となり反省。以来、依田高典先生の名言『身体の五感を使って身につける学習』を心がけ、BS放送を録画し繰り返し視聴しており、Blu-ray Disc約50枚は学びにとって大切な支えです。
センターでは、客員教員による魅力あるゼミ(心理学、哲学、文学、工学)に参加し刺激を受けています。自主ゼミ(数論、量子力学、相対性理論)では、同志の友と「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクション」(アインシュタイン)を確認し合い白熱した議論を続けています。千葉前々所長主催の「文書入門講座」から書き始めた自分史は第2部にて休止中ですが、学びを通し続編作成への新たな視点が見つかると確信しています。
プロフィール
長谷川 正(はせがわ ただし) 放送大学 福島学習センター所属
1945年 生まれ
岡山県新見市出身
精密機械系の学部を卒業
46年間電機と医療機器メーカーに勤務
2016年 「社会と産業」コースに全科履修生として入学
2026年 「自然と環境」コースに再入学
再再入学後は「人間と文化」を計画
好きな言葉は、同志・同学・同行の友
※2026年8月10日発行 文部科学教育通信「私の放送大学」掲載の記事です。


