『日本美術史の近代とその外部(’18)』(放送授業・テレビ科目)

担当講師:稲賀 繁美
(京都精華大学特任教授)

<推薦者のコメント>小川 潤悦さん(全科履修生)

私がお勧めするのは放送授業の『日本美術史の近代とその外部』です。この科目の講師の稲賀繁美先生は印刷教材の前書きで次のように記している。

—「日本」「美術史」「近代」の問い直しから、はたして何が見えるようになり、なにが新たな課題となるだろうか—
このように講師が言うように講義の内容は、日本近代美術史の外観を提示しそれを学生が覚えることではない。徳川中期以降に限定し、「美術」と呼ばれてきた営みが近代の中でどのような動きをして何を果たそうとしたのか、または何が果たされなかったのかを自らの力で解き明かしなさいと講師は受講者に要求している。徳川中期の秋田蘭画から草間彌生や赤瀬川原平、関根伸夫などの現代美術に至る過程の中でこの難問に応える道筋を受講者は探し当てねばならない。

これは受講者にとってはとてつもない難問のように思える。だからと言ってこの科目を選ぶのは受講者にとっては決して無謀なことではない。講師は、自分の力でそれを探し出し、自分の言葉でそれを述べる受講者には正当な評価を与えてくれる。試験の設問の仕方も記述式のユニークなものだが、恐れることはない。たとえ試験がうまくいかなかったとしても受講に値する面白さがこの科目にはある。


<稲賀先生からのコメント>

仮説を立て、それを立証するという手続きは、日本の高等学校までの勉強では、ほとんど教えられていません。
また独自の見解を、必要な論拠を示しつつ、説得力のあるかたちで表明する訓練も、日本の公教育では疎かにされています。いうまでもありませんが、自分独自の仮説を立証するのに、一般書だけから、すでに広く知られている事実だけを拾い集めて、そこから必要かつ有効な新たな論拠を導きだすことは、無理な相談です。

しかし一般書、とりわけ学術論文は、いくつか合わせて読むと、著者によって意見や判断が対立しているケースが見えてきます。とかく高等学校までの勉強では、互いに矛盾しない常識の上澄みをお浚いして、当たり障りのない「一般論」を報告することが多かったと思います。

しかし大学での研究では、むしろこうした先行研究の矛盾や対立こそが目の付け所です。
なぜ定説がひとつに収斂しないのか。そこには、なんらかの問題が残っており、まだ未発見の鍵が隠されているのではないか?これが独自の仮説を立てるきっかけとなります。またどの媒体で情報検索しても、同じデータや論説の繰り返ししか出てこない場合があります。これは世間の常識がそこで「底を打ち」、考察や探求がその地点で停止していることの証拠でしょう。それでよいのか、おかしいぞ、という疑義、欠落や問題の発見が、つぎの一歩のための道標、有効な誘い水になります。皆さまひとりひとりの発見、常識への疑念が大切です。
新たな探索への出発点が、ここに開かれてくるからです。

小川様からのコメントの補足として:担当責任講師より



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公開日 2024-01-23  最終更新日 2024-01-23

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