【学習センター機関誌から】 ごあいさつ 自分の「水」を探して

福岡学習センター所長 安河内 朗

よく“水に合う”とか“水を得た魚”という表現をしますが、これは自分にとって都合がよいとか、自分の能力を発揮できるという意味合いで、「環境に適応できる」ということになりましょうか。

私たち現生人類史を20万年とすると、このうち約95%が狩猟採集時代で、この間人類は地球規模で拡散しました。様々な気候に対して多様な適応性を備えていたからできたことです。また食糧を求めて転々と移動したのも適応といえます。

しかし12,000年前ごろ、人類史でいうとつい最近のことですが、農耕が始まり定住してからは、焼畑、開墾、灌漑のように自然環境へ手を加えるようになりました。狩猟採集では環境に合わせて人が移動する受動的適応方法をとったわけですが、農耕の開始は環境へ手を加える能動的適応へとその方法を劇的に切り替えたことになります。これはある意味で生物史において特異点となりました。

その後、余剰食糧によって人口が増え、文明化へと進みました。そして今ではご存知のとおり、科学技術を駆使できる地域ではより快適で均一な人工環境になったといえます。したがってヒトの生物学的な適応の多様性、柔軟性も必要なくなりつつあります。また交通機関の発達やグローバル経済の拡大によって、世界の都市のすがたも画一化の方へ進み、どの都市へ行っても同じ風景、どこのお土産屋さんも同じものを売っています。

しかし今のところ、文化の多様性は維持されているようです。とはいっても日本の生活様式は欧米化されているように見えます。日本文化というと着物であり、畳であり、米食です。しかし戦前はともかく今では洋服を着てフローリングのダイニングでパン食といったところです。

さてここで、文化の外的要素は変わりましたが、それでも依然私たちは日本文化の中で生きています。文化は人々の内的なものと、部分的にそれらが顕在化したものから構成されていると言えます。そういった文化の母体に見合う考え方や価値観、規範、慣習などの内的なものは育まれ保持されています。

文化とは適応のための内的、外的道具であり、都合よく馴染んで生きるための道具です。どういう道具が馴染みやすいかは、地域や集団によって異なり、その結果、多様な文化が生じます。日本文化と欧米文化の違いはもちろん、もっと身近な例では、同じ日本でも会社や学校や家庭によっても社風、校風、家風が違います。しかし違いながらもそれぞれの文化に浸っている人々はそこで都合よく馴染んで(適応して)いるわけです。

さて、ここまできて何を言いたいのか?物理的な生活環境は画一化へ向かい生物学的な多様性、あるいは外的な文化の多様性は消える方向にありますが、一方文化の内的な多様性はまだ残っており、これは保持すべきものと言えます。

文化には学びの文化もあるでしょう。本来文化は集団単位で考えるために、平均的なものや代表的なものに置き換えて表現します。しかし「日本の食文化は魚だ!」といっても中には魚が嫌いな人が必ずいるわけです。そういう意味では学びについて日本的な文化があっても、個人個人の学びの文化は異なります。

自分の文化に合った学びは何か、自分の能力を発揮できる学びは何かを考えることが重要になります。他の人たちと同じような学び方は必ずしも自分の“水”に合っていないかもしれない。自分が得意になれる分野は何なのか、どんな学び方が自分に合っているのかなどです。これは“学び”に限らず、文化のあらゆる側面についていえることでしょう。

第1学期を終えようとする時期、「自分自身に合う水」について今一度考えてみるのもいいかもしれません。なんだかちょっとこじつけ気味になりましたが、ご寛容ください。


(福岡学習センター・北九州サテライトスペース 機関誌「おっしょい」第58号(2022年7月発行)より)
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公開日 2022-09-16  最終更新日 2022-09-16

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