【学習センター機関誌から】『 命・風水・積徳』

滋賀学習センター客員教授  兼重 努

中国大陸や台湾・香港などの漢族社会では人生における重要項目を列挙した「一命、二運、三風水、四積徳…」という人生訓が流布している。その中から(めい)、風水、積徳をとりあげ簡単に紹介したい。

まずは風水の話題から始めよう。人は誰でも幸福でありたいと願う。幸福を得る為に、漢民族はしばしば風水術に頼ろうとする。風水術の理論ではよい気の集まる場所(吉地)に住むとその人は幸せになり、祖先の骨を吉地に埋葬するとその子孫は代々にわたり幸せを得る事ができるとされる。

では、吉地を得れば誰であっても無条件に風水の恩恵を享受できるのだろうか? 実は、風水の恩恵を受ける為には積徳や命に関する以下の様な条件を満たす事が求められる場合も少なくない。

風水と積徳

歴代の多くの風水書(風水術に関する指南書)には、「風水の恩恵を享受するにはまず積徳(徳を積むこと)に励むべきで、吉地を得てもその人の行いが悪ければ、風水の恩恵は享受できない」との旨が説かれている。

例えば明代の『地理(ちり)人子(じんし)(しゅ)()』の冒頭には「風水は必ず陰徳(隠れた善行)を修めなければならない。徳を積むことは求地(風水術で吉地を求めること)の基本である。吉地を得たのに福が来ないばかりか逆に災難に見舞われる家があるのは、何故なのか? 悪い結果の原因はすべてがすべて風水術の過誤によるとは限らない。
その人が徳を積まなかったことが原因なのだ」との旨の記述がある。

風水と命

また宿命論の立場から、「風水の原理よりも命の原理の方が卓越する。よって同じ吉地を得ても、(命は人それぞれなので)得られる恩恵は人によって異なる」との旨、説く人々もいる。

命の良し悪しは八字によって決まると言われている。八字とは出生年・月・日・時の干支を組みあわせて八つの文字で表したものである。人の八字は一生変えられない。だから、誰であってもその命は変えることができないとされる(宿命論)。
不遇な境遇を無理強いされている場合であっても、宿命論者は「それは自分の命なので克服不可能だ。甘受するしかない」とあきらめてしまう、との旨の報告がある。

風水、積徳行、命の思想は、漢族文化の影響を強く受けている一部の少数民族の間でも流布しており、筆者が研究している西南中国のトン族もそれに該当する。私の調査地のトン族の間には、人の一生は(閻魔大王が決める)「命」によって予め定められているという伝承がある。

彼らに風水について尋ねると、「その人の命が風水の恩恵を享受するにふさわしくないものであれば、たとえ吉地を得ることができたとしても、風水の恩恵を享受できない」といった宿命論的な答えが返ってくることが多い。

命と積徳

一方、宿命論を否定する立場もある。明代刊の『陰隲(いんしつ)録』((えん)(りょう)(はん)著)は、善い行いには善い報いがあるとする因果応報論を説く。自分の人生を占ってくれた易者の予言が悉く的中したため宿命論を信奉するようになった袁了凡は、後に雲谷禅師から「善行を積んだ家には必ず子孫に及ぶほどのあり余る慶福がある」(「積善之家必有餘慶」)と諭され、宿命論を捨て善行に励む形へと生き方を変えた。
その後の人生では、袁に対する易者の予言は全て良い方向に外れ始め、53歳と予言されていた寿命も74歳まで伸びたという。

陰隲の原義は「天が(ひそか)に民を(さだ)める(=安定させる)こと」であるが、転じて陰徳の意となった。
「人は陰徳を積み積極的に生きることによって自身の命を変えられる」との旨を説く『陰隲録』の教えは、中国のみならず本邦においても多くの信奉者を得た。近江高島では中江藤樹が人々に陰隲の思想を教導した。

「一命、二運、三風水、四積徳…」の二番目の運については、機会を改めてご紹介させて頂きたい。


(滋賀学習センター 機関誌「樹滴」第121号より)



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