【学習センター機関誌から】夫婦の「氏」の行く末は

東京渋谷学習センター客員教員 大杉 麻美
(日本大学教授)

結婚したら「夫の氏」にかわり、会社を寿退社することが、当然のように思われていた時代は、とうの昔に過ぎてしまったようである。今は結婚する際に、氏を変えることを望まない場合もあり、婚姻届けを出さず事実婚の夫婦も存在する。かつて、「氏」は、「家」をあらわす「符号」であるとされ、夫の家に嫁ぐ女は、「夫の家」の氏を名乗り、夫の母に尽くし、嫁としての人生を全うすることが期待されていた。ところが今は、結婚しても夫婦は独立して生活し、親はまた子を育てた後の人生を謳歌しているようにみえる。

それでも、「氏」は、私たちを見えない「家」にとどめさせ、氏を改正するとなれば、家族が崩壊するとの強固な反対派により、その実現にはまだまだ長い道のりがあるように思えてしまう。


私が大学に入学し、男女雇用機会均等法が施行され、制度上では、「男女平等」となった頃、結婚をするときに氏を変更しない国があるということを知った。もちろん、選択肢の1つとして氏を位置付けている国もあれば、国家の理念に基づき妻に夫の氏を名乗らせない、という国もあったのであるが、氏を変えなくとも結婚ができる制度があるということには、大いに興味を覚えた。研究を進めていくうちに、日本における夫婦同氏の歴史は、明治4年の壬申戸籍に始まり、法制度上は歴史が浅いということも知った。しかし、日本は、明治・大正・昭和と、戦争をくぐりぬけ、「氏」は家族の一体感をあらわすものとして位置づけられ、私たち日本国民の心に深くとどまることになったのである。結婚するときは、「〇〇家」「〇〇家」披露宴会場とされ、お墓には「〇〇家之墓」との墓碑銘が刻み込まれる。


わが国における夫婦別姓論の歴史は古くて新しい。法務省が法制審議会民法部会身分法小委員会で夫婦別姓の検討を始めたのは1991年1月のことである。その後、2001年11月には、法務省から選択的夫婦別姓に関する案が提出されるものの、実現されることはなく、現在に至るまでの約21年間、民法は改正されないままでいる。


現行民法750条は、話し合いによる氏の選択を可能としているが、実際は多くの女性が夫の氏に変更をしている。これは個人の意思による選択であるのか、社会が「そのよう」であるから、「そのように」選択したのか。「氏」が個人の呼称であるならば、それぞれが婚姻前の氏を称することも可能であろうし、「氏」が家族の名をあらわすものであるならば、夫婦同氏というのも1つの選択肢となるであろう。いずれにしても、夫婦にとっての「氏」は、夫婦が決めることが必要であり、その選択肢が増えることは、生き方の選択肢が広がることにもつながるのではないだろうか。子の氏の選択等、解決すべき問題はまだ残されているが、今後の社会の行く末をにらみつつ、バランスのよい解決策が模索されることを希望するのみである。


 

東京渋谷学習センター機関誌「渋谷でマナブ」14号より

 

公開日 2021-12-20  最終更新日 2022-11-08

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