【学習センター機関誌から】時々「心配性」の勧め

高知学習センター客員准教授
岡本眞知子
(専門分野:精神看護学)

私たち人間の脳は、いつも同じ状態を維持させようとしているらしい。危機的な状況下でもその傾向があり、正常性バイアスと呼ばれている。「まさか私がそんなことになるはずがない。」とか「これまで何も起こらなかったじゃないか。」と自分に言い「大丈夫だろう。」と思ってしまうようだ。

以前、私は海の近くで勤務していたが、はじめは「台風の時は大変そう。津波が来たら一溜まりもないのでは」と思っていたが、毎日何事もなく過ごしているうちに、そんな心配も何処へやら。やがては、新人が災害時にはどうしましょうと怖がっても、「大丈夫、大丈夫」と何の根拠もなく言う始末。そして、その新人も新たな新人に「大丈夫、大丈夫」と言うようになるだろう。

こういう「あの人も、この人もそうだから」と思って、何だか変に安心してしまうのを同調バイアスという。災害時などに、早く避難しなくてはと思っても、誰かがまだその場にいると、「あの人もまだいるし・・・。みんないるんだし」という気持ちになり、避難が遅くなることも起こり得る。

これらの人間の傾向は、平常時には、安心して目の前の課題に集中して取り組み、必要な休息をとるためには大切な脳の働きだ。毎日毎日ピリピリしてばかりだと心身ともに疲弊し病気まで引き起こしかねない。日常生活を送りながらも、現実に起こりうる危険を意識して、それを回避するリスク感性も保つというバランスが大切だ。以前の勤務先の仲間には、時々は心配して、災害に備えてほしいと、今は思っている。

この、正常性バイアスと同調バイアスは、コロナ禍にも見られ、時には感染対策を妨げる。日頃は普通に感染対策をしていても、多めの人数で会食した人たちの話を聞くと、「な~んだ、みんな大丈夫かも」と思ってしまい、たがが外れてしまう。さらに、恐る恐る始めた食事会でも、みんな一緒だと、お酒もたくさん入り、大声になり、マスクもなしで密になり、ということになりがち。これは意外に誰の身の上にも起こることだ。安易に「大丈夫」と言わずに、付き合いが悪い、臆病だ、面倒くさいと言われようと、時々「心配性」になってみる必要があると思われる。

こんな中、「我が意を得たり」と思う歌に出会った。NHKみんなの歌「こわがりヒーロー」(作詞/さとうまさかず、作曲/CHI-MEY、歌/ミドリーズ)である。歌詞は以下の通り。

テレビニュースで警報中/台風・大雨ふりそうだ/ゴーゴー ジャブジャブ なるってさ/なのに「ここまで来ないよと、み~んな ちっとも動かない /怖いよ、怖いよ 私こわい! /これが 大きな災害の始まりなのかも知れないよ /だったら後悔したくない /私が みんなを守るんだ!
「歩けるか、外を確認!」「安全な場所に行こう!」「隣りのおばあちゃんに声をかけよう!」
「今すぐ みんなで逃げようー!」
私が怖がることで、みんなの気持ちが動く/多くの命を救うんだ/怖がれ!怖がれ!こわがりヒーロー

監修は矢守克也先生(京都大学防災研究所 教授)で、正常性バイアスに陥っている大人たちに、“かつ”を入れる子どもたちの活躍を描いている。この『水害版』に引き続いて『地震版』も発表されている。

新型コロナ対策の規制は緩和され日常が戻りつつあるが、忘れてはならないのは、災害のリスクもウイルスも、ゼロにはならないということである。そして、私たちの普通で当たり前な日常生活は、自分自身や周りの人々の命を守るという基盤の上に成り立っていることを忘れてはならないであろう。


高知学習センター機関誌『くじら』117号 令和4年7月発行より

公開日 2022-11-18  最終更新日 2022-11-18

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