大原 謙一
放送大学新潟学習センター所長


次の問題を解いてみてください。
自動車でA地点からB地点まで往復します。 行きは時速30km、帰りは時速50kmで走りました。 往復の平均速度はいくらですか。 |
これは、中部経済連合会が2014年月に公表した文書[1]の中で、「文章問題の正答率が極端に悪い」例として示された問題です。
でも、この問題の正答率が悪かったのは文章問題だからでしょうか。
小学校では「平均の速さ=動いた距離÷時間」と教えるので、出題者が想定した「正解」は、時速40km[=(30km/時+50km/時)÷2]ではなく、時速37.5kmと思われます[2]。
この問題の正答率が悪かったのは、小学校で習った定義を忘れている人が多いためでしょう。でも、それだけをもって、学力の低下と結論づけることはできません。小学校の習ったことは、中学、高校、大学、社会人と進むにしたがってアップデートされていくべきです。たとえば、A地点とB地点のちょうど真ん中まで時速30kmで走り、そこからB地点まで時速50kmで走ったなら、先の定義通りに平均の速さを計算するのは合理的ですが、A地点からB地点に行き,B地点で何らかの用事をすませて戻って来た場合、「(行きの速さ+帰りの速さ)÷2」としたほうがよいかもしれません。
実は、この問題を高校や大学の物理の問題として考えると答えが違ってきます。何の前提もなくこの問題を出されたら、私は、ちょっと考えて、「平均速度=0」と答えるでしょう。というのは、物理学で平均速度は「変位÷時間」と定義されます。ここで、変位は最初と最後の位置の差です。
変位も、それを時間で割った速度も、向きと大きさがあるベクトルです。
上記の問題では、A地点から出発してA地点に戻ってきたのですから、変位は0(ゼロベクトル)で、平均速度は0になります。「ちょっと考えて」というのは、小学校の算数では「平均の速さ」と言っても「平均速度」とは(おそらく)言わないのではないか、だから、これは算数の問題ではなく物理の問題だと考えたのです。
では、問題に「平均の速さはいくらか」と書かれていたらどうでしょう。
高校の物理では、「速度」はベクトルで、その大きさを「速さ」と厳しく教えられます(大学の物理学では、この区別は、かなり曖昧になることがあります)。では、「平均の速さ」はどのように定義されるかというと、実は、明確な定義はありません。「平均速度の大きさ」と「速度の大きさの平均」のどちらも考えられ、一般に、これらは異なる値になります。
重要なのは、定義を明確に示さずに、複数の解釈が可能な問題を出すべきではないということです。
受験者の読解力の低下を嘆くより、出題者の想像力のなさのほうを問題にすべきなのではないかと思います。
[1] https://www.chukeiren.or.jp/wp/wp-content/uploads/assets/policy_proposal/pdf/01.Teigensyo.pdf
[2] AB間の距離は何でも良いので、簡単のために150kmとすると、行きは5時間、帰りは3時間。
往復300kmを8時間で移動したので、300km÷8時間=37.5km/時
新潟学習センター機関誌「松籟」第149号(2025年1月発行)より掲載
公開日 2025-02-21 最終更新日 2025-02-21