中島 俊思
放送大学佐賀学習センター客員准教授


松任谷由美さん、通称ユーミンにハマっている。久留米から佐賀につながる約1時間の車の中は、さながらユーミンアワーとなっている。ユーミンは多摩美術大学に通われていたこともあり、絵画的な視覚感覚が曲作りや作詞にも反映されていることはよく知られている。
曲作りはデッサン(線画)に近く、パートナーの正隆さんが担当するアレンジは彩色に似ているとユーミンは表現する。「ソーダ水の中を、貨物船が通る…」(1974年 MISSLIM『海を見ていた午後』より)の有名な一節は、近景と遠景が同時に切り取られた絵画のようでもある。そしてユーミンの根柢にあるのは、共感の視点である。『ノーサイド』は、1984年の全国高校ラグビー選手権の決勝戦が題材となっている。最後にそれを決めれば両校同点優勝というゴールキックが、選手が足を滑らして大きくゴールから逸れて試合が終わる、その瞬間に思いを寄せたという歌詞である。ユーミンは、たまたまテレビで試合を見ていたが、ゴールを外した選手がこれまでどういう努力をしてきたのか、競技場でどんな匂いを感じているか、そのキックで彼の何が終わったのか、心が捉われるのである。
カウンセラーがプロフェッショナルとして身につけておくべき基本原理の一つとして”共感”がある。「あたかも、その人のようになって感じようとする態度」のことを言う。一般社会でも臨床現場でも“共感”の節度感を推し量るのは非常に難しい。”あたかも”というのも大事で、その人に代わることもできないし、その人を通り越して感情を奪うこともできない。つまり共感という重なりの裏の、人と人との間にある”ズレ”のようなものを前提としているわけである。ユーミンのはせた思いは、もしかしたらズレているかもしれない。けれども、思わざるをえない切なさ、みたいなものが伝わってくる。
最後にユーミンは「人々が立ち去っても私 ここにいるわ」(1984年 NO SIDE『ノーサイド』より)とうたう。正隆さんのエレクトリックピアノを聞きながら、ユーミンのようなカウンセラーであれればと私は思うのである。
佐賀学習センター機関誌「バルーン」第108号(2024年7月発行)より掲載
公開日 2025-01-24 最終更新日 2025-01-24