【学習センター機関誌から】新しく入学された皆さんへ 方言と尺貫法の関係

高知学習センター所長
深見 公雄

 

このたび新しく放送大学へ入学され、高知学習センターへ所属された皆さん、ようこそおいでいただきました。当センターの教職員を代表し、心から歓迎いたします。

さて今回のエッセイでは、方言と尺貫法という、一見何の関連もないように思える二つの概念の共通点についてお話ししてみたいと思います。

突然ですが、私は方言を聞くのが大好きです。最近の若い世代の人はどちらかというと標準語を話す方が多い気がしますが、年配の方が日常の会話で、その土地々々の方言を話しているのは、時によく理解出来なかったとしても、大変楽しいと感じてしまいます。私は常々、言葉はその地域に住む人々の文化の根源だと思っています。つまり、自分が表現したい感情を表したり物事を形容したりするのに、方言を使うとピッタリくるのに、いわゆる標準語では、必ずしも正確に表現できないという場面が多いのです。

令和4年度まで、当センターの客員教員をお願いしていた岩城裕之先生が、こんな話をされていたのを思い出します。地域医療に携わる医者は、その土地の方言を理解すべきである。年配の患者が身体の不調をうったえるときに、微妙な状況の説明は方言でないと正確には表現できない。従って、高齢者の患者が多い田舎へ別の土地から赴任してきた医者は、その土地の方言をまず覚えるべきであると。

一方の尺貫法ですが、我が国では、世界標準に準拠するために、1960年代後半から70年代初頭にかけて、メートル法に移行することが求められました。それに合わせて、土地や住宅の広さを表すのに、「○○坪」と表されていたのを廃止し、一頃は「○○平米」と表記されていましたが、結局、元に戻り、現在では「坪」が普通に使われています。

また、私の専門である海洋の分野でも、船の速度を表すのに、時速○○キロとはいわず、時速○○ノットという単位が使われています。私なんかは、海の上で時速何キロといわれてもピンときませんが、時速何ノットと言われれば、あああれくらいのスピードかと身体で感じることができます。

「坪」にしても「ノット」にしても、なぜメートル法で表さないのでしょうか。ご存じのように、1坪は畳2畳分の広さであり、土地の広さが30坪といわれれば、畳が60枚程度敷けるくらいの広さであることがすぐにイメージ出来ます。また、1ノットは1時間に1海里(1852m)進む速度であり、1海里とは、地球の緯度1分(1/60度)を表します。つまり(ちょっとややこしいですが)、地球の経線上を10ノットで6時間真北(あるいは真南)に航走すると、緯度で1度分進むことを意味します。このように、「坪」や「ノット」は、それぞれの文化的背景をもった度量衡であり、メートル法で表現してもピンとこないのです。

さて、このエッセイの本題である方言と尺貫法の関係は、共通の“物差し”である標準語やメートル法ではうまく表現できない文化という意味では同じであり、私は今後もぜひ残って(残して)いってほしいと思っています。

今回は、方言と標準語、あるいは尺貫法(ヤード・ポンド法)とメートル法の関係について書きましたが、多文化・異文化共生の観点からは、“local”と“standard(もしくはuniversal)”はどちらも大切なものであり、両方とも尊重すべきものだと思います。

最後に、私の故郷、京都の方言の話を一つ。最近、テレビやネット上でよく使われている「ほっこりする」という語は、本来は、心が安まるという意味ではなく、疲れ果てて何もする気がしなくなるという意味なのです。英語で言うexhaustedが近い。ちょっと覚えておいてください。


高知学習センター機関誌「くじら」第124号(2024年4月発行)より掲載

公開日 2024-07-10  最終更新日 2024-07-26

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