澤田 英三
放送大学広島学習センター客員教授


私は高校時代に、数学でいう「無限大」と「無限小数」について自分の未来と絡めて考えていたときがあります。「無限大」は∞(数字単位でいえば一十百千万億兆京…)のように、この先に広がる無限の数のことで、これまで誰も達したことのない世界になります。それに対して、「無限小数」はπ(3.141592653589…)や10/3(3.333333333…)のように、3と4の間にあることは確実で線分上の点として表すことができるのにも関わらず、小数で表そうとすると無限に続く数のことです。
一概に言うことはできませんが、科学の分野でいえば、物理学や天文学は無限大の世界を、化学や生物学は無限小数の世界を探求しているのだと考えていました。そして、理系クラスにいて物理が不得手だった私は、無限大に広がるその先の世界が知りたいのではなくて、たとえば3と4の間という限られた範囲ではあるけれども、そこに展開する無限の世界を知りたいんだと、自分を正当化するように考えていました。
私が専門としてきた心理学の領域に引き付けて考えてみると、私たち人間は日々の生活を通して、人の心のうちや動きについて、ある程度は知っています。しかし、どの程度知っているのかと問われると、あいまいだったりステレオタイプでとらえていたりしています。
心理学の研究は、私たちが生活している中で知っている人間の心理について、問いを立て、データ収集と整理・分析を通してあらたな知識や意味を見いだしていく活動です。これは、無限小数πに似ています。πを3としてとらえるか、3.14としてとらえるか、はたまたもっと細かく3.1415…ととらえるのか。
それにしても、自分が取り組んできたことと、若かりし頃にこだわって考えていたことがふと結び付くと、なんだかうれしくなります。自分のアイデンティティの連続性や斉一性(sameness)を感じているからだと思います。
広島学習センター機関誌「往還ノート」第255号(2024年10月発行)より掲載