大石 由起子
放送大学山口学習センター客員教員
本年4月より、山口学習センターの客員教員をさせていただいております大石由起子と申します。専門は臨床心理学で、カウンセリングの技法や親子関係、青年期の危機などについて研究してきました。
また、大学での教育・研究と並行して、カウンセリングの臨床実践に携わってきました。不登校など学校にうまく適応できなくなった児童・生徒や保護者の教育相談、学生相談室での大学生のカウンセリングなど、主に学校臨床の領域で相談援助に携わってきました。教育相談では、子どもに会うこともありますが、保護者面談だけで子どもの状態が変化していくことがあります。
私が、辛い状況にある人の話を聴いてその人のこころを支える仕事をしていて、たびたびこころに浮かぶのは「ホールディング,Holding」という言葉です。ホールディングとは、英国のウィニコットという小児精神科医が提唱した言葉です。身体的には「抱っこ」と訳してもよいですが、精神的には「抱えること」と訳されます。
赤ちゃんがぐずって泣いていると、お母さんやお父さんが子どもを抱っこします。ただ抱っこするだけではなく、目を合わせ、微笑みかけ、「どうしたの」「だいじょうぶ」などと声をかけます。赤ちゃんは安心して、お母さん・お父さんの胸に身体を預けます。そのまま眠ってしまうかもしれません。これがホールディングの原型です。少し大きくなると、抱っこせずとも、肩を抱いたり、頭をなでたりですむかもしれません。思春期以降になると、抱きしめるなどのスキンシップは子どもの側が望まなくなるかもしれません。それでも、子どもが辛そうにしていたら「どうしたの」「だいじょうぶ」と声をかけるでしょうし、何が辛いのか子どもが話すようなら聴いてあげるでしょう。子どもの身体的・精神的痛みや辛さに対して、身体に触れ、こころに触れ、辛さを理解し寄り添う行為、これがホールディングです。子どもは、辛い時に大人(必ずしも親でなくともよいのです)に抱えられる経験を重ね、やがて自分自身を抱えられるようになり、そして他者を抱えられるように成長していきます。人を抱える力は、自分が誰かに抱えられる経験を通して身についていくのです。この「抱える」という言葉を「支える」という言葉に置き換えてもよいと思います。
保護者面談だけで子どもが変化するのは、カウンセラーに受容され共感され支えられた保護者もまた、子どもを支えられるようになっていくからだと言えます。
私たちは、大人も子どもも誰かに支えられ、誰かを支えながら生きているのだと思います。そのような人間関係について、みなさんと一緒に考えていけたらよいなと思います。
山口学習センター機関誌「とっくりがま」第107号(2024年7月発行)より掲載