【学習センター機関誌から】人と自然と感染症

源 利文

放送大学兵庫学習センター客員教授

新型コロナウイルスはもちろんのこと、2009年の豚由来新型インフルエンザなど、現代の地球において、いったん発生した感染症は瞬く間に世界中に拡がり得ます。最近では北米で乳牛が高病原性鳥インフルエンザウイルスに感染し、さらにヒトへの感染も報告されており、今後ヒトからヒトへの伝搬が懸念されているところです。このような新しい感染症や、結核やコレラといったいったんは解決したかに見えた感染症の再興が世界中で増加しており、社会的に大きな脅威となっていますが、人類にできることはワクチンや薬などを用いた医学的な対処が中心です。しかし、もう少し大きな視点で感染症の発生や拡大を抑えることはできないでしょうか。

多くの感染症の自然宿主は野生動物です。それではなぜ野生動物から感染症がヒトにうつるのか。そのメカニズムを考えると、人間による土地利用の変化、動物の家畜化、家禽や家畜の過密な飼育、野生動物食などの人間活動が一定の影響を与えていることが見えてきます。例えば森林伐採とエボラ出血熱の発生の関係が指摘されていますし、宿主動物の多様性の減少が感染規模の拡大に寄与するとの報告もあります。一方で、家畜化されてからの時間が長い動物ほどヒトと病原体を共有することも知られています。つまり、感染症の問題も人間が自然環境に作用した結果、短期的にあるいは長期的に悪影響が返ってくる「環境問題」のひとつであると考えられるのです。

私はこのように感染症を環境問題として捉える視点が重要だと考えており、感染症の環境学的、生態学的対処に向けた研究を進めています。今の時点ではこのような考え方は主流であるとは言えません。しかし、今後もさまざまな感染症によってインパクトを受けるであろう人類は、自然を尊重し、環境の健全性こそヒトの健康の鍵であるという視点に立つ必要があります。学生の皆さんとこのような視点を共有し、人と自然と感染症について共に考えを深めることができればと思っております。

(写真は住血吸虫症という感染症の調査風景 2023年9月ケニアにて)


兵庫学習センター機関誌「つばさ」第74号(2024年9月発行)より掲載

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