【学習センター機関誌から】無理をしない社会構造の変化

阿部 新

放送大学山口学習センター客員教員

今夏も日差しの強い日々が続きました。昼間は熱中症警戒アラートというものが連日のニュース、天気予報で報じられ、高校野球などの真夏のスポーツや、暑さを凌ぐはずの海水浴も配慮が必要となり、私たちのこれまでの夏の過ごし方を変えざるを得ない事態となっております。

ご存じの通り、地球温暖化(気候変動)の原因として、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出が問題視されております。これだけ暑ければ、私たちは地球温暖化を防ぐために、日々の行動を改めてもおかしくはないです。無理をすることはよくありませんが、例えばガソリンや電力、シャワーを過剰に使っているのであれば、それを抑えることがわれわれのできる地球温暖化対策になります。

これらの節制は、多くの方が日常的に自然に行っているはずです。私たちは長年それが身についておりますし、また過剰な使用はそれぞれの料金に跳ね返ってくるからです。ただし、地球温暖化を意識してシャワーの過剰使用をやめようという気持ちになっているかというと、そこまでの気持ちはないというのが実態ではないでしょうか。

この原因は、自らの消費行動と地球温暖化がどうしても結びつかないということがあるでしょう。また、自分が対策をしたところでどれだけの効果があるかということもわかりにくいです。そもそも温室効果ガスがこの猛暑の原因ではないと考える人もいるかもしれません。私たちは被害を感じておりますが、加害の認識は薄いように思います。かといって企業や政府を訴えることもしません。単なる自然現象として受け入れているように見えます。

最近、サーキュラーエコノミー(循環経済)という言葉が飛び交っております。これは欧州から発信されているもので、廃棄物を発生させない社会を目指し、リサイクルやリユース、シェアリングなどの市場の拡大を通して全体を活性化させる新しい経済の考え方と言われております。そして、これは経済政策であって、これまでの3R(リデュース、リユース、リサイクル)や循環型社会のような環境政策とは異なったものなどの言及もされます。

このサーキュラーエコノミーの流れの中で、企業はリサイクルを促進し、再生資源(資源ごみ)を積極的に利用するようになっていると言われております。その背景には脱炭素があると考えられます。脱炭素は、主として大企業が事業評価の観点から重視するもののように思われますが、近年は、その取引先の取り組みまでも評価の対象になっており、中小企業も脱炭素に取り組むようになってきております。

製品については生産から廃棄までのライフサイクル全体の温室効果ガスの排出量が計算され、環境負荷の低い製品が評価されます。鉱物資源よりも再生資源を利用したほうが温室効果ガスの排出量が少ない場合があり、メーカーは脱炭素を加味して多少コストがかかっても再生資源を利用することが考えられます。原油価格の高騰の影響もありますが、現在、状態の良い使用済みペットボトルは市場で取り合いになっております。日本では使用済みペットボトルから新品ペットボトルへの水平リサイクルが話題になっております。

このような再生資源(資源ごみ)を丁寧に分別して供給しているのが私たち消費者です。私たちはサーキュラーエコノミーが言われるずっと前から資源ごみの分別をまじめに行っております。分別をせずにごみを散らかすことは環境にとって良くないという意識がある程度あるはずですが、慣れればたいした負担でもないし、敢えて自治体が定める分別ルールに逆らう理由もありません。一方で、脱炭素に繋がると思って資源ごみを分別しているかというとそこまでの意識はなさそうです。

技術が発達し、使用済みペットボトルから新品ペットボトルへの水平リサイクルが可能になってきました。それは脱炭素に貢献するものの、使い捨て構造そのものを変えるものではないです。生産から廃棄までのライフサイクルにおいて温室効果ガスは排出されますが、使い捨てを控えてそのサイクルの回数を減らす必要もあるかと思います。サイクルの回数は企業の製品の評価に組み込まれていないのか、企業側から大々的に使い捨て構造を変える動きは観察されません。そうなると、私たち消費者の役割が重要になってきます。

例えば、ペットボトルの飲料を控え、水筒を利用するなどがあります。近年は水筒の技術も発達し、軽くて持ち運びがよくなりました。ボトルの外面に水滴がつくこともなく、温度も保たれ、水筒のほうが望ましいとさえ思うことがあります。このような技術の発達により、私たちの環境意識は高くなくても、自然と使い捨て構造が変わってくのかもしれません。気づけば私たちは自然とエコバックを持参し、レジ袋を控えるようになりました。慣れてしまえばたいした負担ではないとわかったからです。それは結果的にサーキュラーエコノミーであって、脱炭素に繋がる行動です。そういう無理をしない社会構造の変化はこれからも起こることが予想されます。

尤も、このようなサイクルを緩める動きは環境問題に限りません。世界中で働き方改革が進み、無理をしないことが生産性を向上させる、という考え方が広まっております。効率性を追求しすぎて、ミスが多発し、経営が持続しないことがあります。そういった行き過ぎた効率化に対する揺り戻しが現在起こりつつあるように思います。


山口学習センター機関誌「とっくりがま」第108号(2024年10月発行)より掲載

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