【学習センター機関誌から】平安時代、それは日本文化のあけぼの





原沢 伊都夫
静岡大学名誉教授
放送大学静岡学習センター客員教授
専門分野 日本語教育(文法・言語学・異文化理解)

NHK大河ドラマ「光る君へ」が始まって3カ月が経ちました。
『源氏物語』を書いた紫式部が主人公ということで、巷では平安時代のブームになっているようです。
私の専門は日本語教育(文法・言語学・異文化理解)ですが、私の専門にとっても、平安時代はエポックメイキングな時代と言えます。現在の日本語の書き方である漢字と平仮名と片仮名を使った「漢字仮名交じり文」が成立したのが平安時代だったからです。

文字がなかった日本に漢字が導入されたのは飛鳥時代です。当初は中国の進んだ文化をそのまま受け入れることが目的でした。日本最古の書物『古事記』や歴史書『日本書紀』、漢詩集『懐風藻』などはすべて漢字で書かれました。奈良/平安時代の首都「平城京/平安京」は中国の長安のコピーでした。飛鳥時代の政治改革である「大化の改新」も日本初の本格的な法律「大宝律令」も中国文化の大きな影響のもとになされたものです。このように、中国の制度をまねることで古代の日本文化は整えられていきました。

しかし、平安時代中期になると、それまでの中国文化の模倣から、日本独自の文化(国風文化)が生まれました。
その大きなきっかけとなったのが平仮名と片仮名の発明です。「漢字仮名交じり文」によって日本語で自分たちの文化を表す手段を初めて手にすることができたからです。
その代表例が、『源氏物語』(紫式部)、『枕草子』(清少納言)、『古今和歌集』、『土佐日記』(紀貫之)などです。これらの作品が生まれた背景には日本語の文字制度の成立があったわけです。

では、ここで質問です。なぜ日本人は平仮名と片仮名を発明したのでしょうか。
奈良時代に書かれた作品のように、漢字だけではだめだったのでしょうか。そうなんです、それはだめだったんですね。奈良時代の作品は漢字で書かれましたが、言い換えると、それは中国語で書かれたものなんですね。もっと簡単に言うと外国語で書かれた作品であると言えるのです。

平仮名と片仮名が生まれた理由は、漢字(中国語)だけでは日本語を表すことができなかったからです。これはどういうことかというと、中国語には助詞や助動詞といった日本語の文法機能を表す言葉(機能語)が存在しません。
わかりやすく説明すると、中国語の「(ヲー)(アイ)(ター)」は「私は彼を愛する」と訳されますが、日本語の「~は」「~を」「~する」は中国語にはありません。中国語では、「我(私)、愛、他(彼)」と漢字を並べるだけで文が成立するからです。そのため、奈良時代になると日本語を表す工夫が生まれました。それが、万葉仮名です。日本語の機能語を表すために、助詞や助動詞の発音に近い漢字があてがわれたのです。ただし、万葉仮名と言っても漢字なので読みづらいという欠点がありました。この万葉仮名を崩してできたのが平仮名、一部を取ってできたのが片仮名でした。こうして、平安時代中期になると漢字仮名交じり文が成立し、その後の国文学の発展に大きく寄与したのです。日本独自の文化の始まり、それは平安時代だったのです。


静岡学習センター機関誌「燈(ともしび)」第126号(2024年4月発行)より掲載

公開日 2024-06-28  最終更新日 2024-06-28

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