放送大学での学びのすばらしさ 安中 正夫(やすなか まさお)/京都学習センター

放送大学での私の学生証番号は「96」で始まる。1996年(平成8年)の入学である。27年間ものあいだお世話になったことになる。
小学校から大学までの学習期間16年間と比べてみても随分長い。
学習を強いられた若い頃より、学びの喜びを味わっている後半生の方がはるかに長い。
知的な環境で居心地がよく、最適な生涯学習の居場所として在籍し続けている。

放送大学を知ったきっかけは何だったのか、随分古い話で明確な記憶はない。
その門を叩き最初の学習場所「東京第三学習センター」で、浮き浮きした気持ちで、〝入学者の集い〞に参加したことだけは明瞭に覚えている。

私の育ちは理系のエンジニアであるが、職場の第一線で働いていたときは、教養としての知識のなさを痛感させられてきた。恐らくこれが原因で、それに好奇心が加わり、退職後放送大学の門を叩くことになったのだろう。
学びの姿は入学当時と、27年もの月日が経過した今では違ってきているとの思いはあるが、知らないことを〝学びたい〞という姿勢は今でも旺盛である。

放送大学では、年齢層、社会経験の違った人びとが多数学んでおり、多様性のお手本そのものである。主たる授業はメディアを通じて行われるが、ふれあいの不足を補うために、学校側で提供されている面接授業で、諸先生の謦咳に接することはできるし、学生同士では、サークルや同好会活動で直接触れ合う機会をつくっている。
世代の異なる老若男女が集まれば、自由な対話を通して、今まで気付かなかった世界を教えられることがしばしばである。

〝人はなぜ学びたがるのか〞と考えるのも意義あることではあるが、それよりも学べる楽しさを肌で感じたほうが良い。
夢中になって学んでいるあいだに全科履修生の6コースを終え、〝名誉学生〞の称号まで頂き、学校を追い出されそうになった。
しかし、選科履修生として学びの継続が適い、卒寿が過ぎた今でも知的な雰囲気に浸っている。

思い返しても、もし若いときに、放送大学を知ることがなかったら、そして勇気を持ってその門を叩くことがなかったら、と今の充実した人生を思うとき、理屈抜きで放送大学に感謝する日々である。


プロフィール

1932年(昭和7年)京都市北区生まれ
1955年 大阪大学工学部造船学科卒業
1955年 ABS(アメリカン・ビューロー・オブ・シッピング)船級協会(神戸三宮)に船舶検査員として奉職。図面審査を担当。主として船体強度に携わる
1956年 神戸三宮より東京に移る
1995年 ABS船級協会退職
1996年 放送大学入学「東京第三学習センター」に所属
2000年 京都市への転居により「京都学習センター」所属に移る

※2023年12月11日本誌掲載の記事です。


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公開日 2024-02-26  最終更新日 2024-02-26

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