古川 末喜
放送大学佐賀学習センター 客員教授
佐賀大学 名誉教授
(専門分野:中国古典文学)
二十四節気は、2100余年前の古代中国人が発明した太陽暦の一種で、先年、世界遺産にも登録された。前104年、漢の武帝の太初元年の太初暦のなかで初めて登場した。
しかし当初から漢字二文字できれいに整えられていたわけではない。それ以前の前241年の『呂氏春秋』では、立春、立夏、立秋、立冬、冬至、夏至の6個の名称が見えるにすぎない。
たとえば/始雨水/蟄虫咸動、啓戸始出/小暑至/白露降/霜始降/仲春之月、…是月也、日夜分/仲秋之月、…是月也、日夜分/などとなっていてまだ整っていない。その次の前139年の『淮南子』になると、さらに11個の漢字二文字の節気の名称が登場するが/雷驚蟄/清明風至/白露降/の三つはまだ二文字ではない。
これが35年後の太初暦ではすべて漢字二字に整えられたのである。
この過程にはすべての語彙を二文字、二音節にするという強い力が働いていたと考えられるが、それはすべて一漢字が、一字形、一字音、一字義を持つという特徴「形音義」から生まれて来ている。
中国語の音節は「子音+母音+子音」であり、一つの漢字の字音は一音節で、その一音節語は、音節の物理的長さが異なっていても、同じ音節としては同等と意識される。たとえば現代中国語で「立冬 lì dōng」では、「立 lì」「冬 dōng」の物理的発音の長さは違っても、二つの文字は一音節としては同じ重みと感じられる。
これはすべての一音節語は、一拍という点では対等(等時拍)ということである。このように一つの音節が等時的な言語、つまり音節拍リズムを持つ言語は、他にもフランス語、スペイン語、朝鮮語、日本語などがあるが、そのなかでも中国語が、音節拍リズムがもっとも顕著に表れる(里井久輝著「言語と音声リズム」『龍谷理工ジャーナル』24-1,2012年)。
これは、漢字の「形音義」に、さらに「一拍」をプラスして「形音義拍」と呼んでもよいものであろう。そこからすべての漢語語彙は、二音節化していくことが運命づけられていると言える。
音節が一つぽつんとあるような一音節語では、今も昔も中国人は心理的に落ち着かない。二つあってこそ落ち着く。この感覚は「形音義拍」の言語を持つ中国人が本来的に有する心理であろう。
一音や三音ではなく、二音でこそ落ち着くという心理と、漢字の「形音義拍」の特徴が相まって、二十四節気の名称という小さな世界でも、漢語語彙が二音節化していく現象が現れたのではなかったか。
佐賀学習センター機関誌「バルーン」104号(2023年7月)より
公開日 2023-09-22 最終更新日 2023-09-22