~役職等は、掲載時点(2023年2月)のまま使用しております。~
※この記事は、「【学習センター機関誌より】私のおすすめの本(1)」の続きです。
客員教員 河村 哲也 先生
専門:情報科学、計算物理学
「文京通信」の特集で「おすすめの本」を組むことになり原稿を依頼されました。読書家では全くない私が、皆さんに特定の本をお薦めするのはとても心もとない話ですが、少しでも参考になればと思い、何冊か推薦したいと思います。
まず、第一に心に浮かぶのは「徒然草」です。700年近く前に書かれた本ですが、現在いろいろな年代の方が読んでも新しい発見があり、またためになる本だと思います。著名な評論家の小林秀雄も著書の中で、徒然草が書かれたことは「純粋で鋭敏な点で、空前の批評家の魂が出現した文学史上の大きな事件である。僕は絶後とさえ言いたい。」とまで絶賛しています。全部で243段あり、とても短い文から少々長い文までいろいろ混じっています。最初から順番に読むのではなく好きなところを気分に応じて読んで、そしてじっくり考えるというのがよいかと思います。たとえば第127段は「改て益なきことは、改ぬをよしとするなり」というたった一文です。
前職の大学では6年ほど大学運営に携わったことがあります。文部科学省のみならずいろいろな外野から、ことあるごとに(例を出しながら)大学改革せよとせまられます。そのときよくこの段が思い出されました。原文で読んでじっくり味わうのが一番(たとえば岩波書店:新日本文学大系39)ですが、中高生向きに現代語に訳した本でなかなかよい本があります(抜粋ですが、講談社:21世紀版少年少女古典文学館10)。
どちらの本にもいっしょに「方丈記」が入っています。私は京都市伏見区で生まれましたが、わりと近くに作者の鴨長明の庵跡があるため(里)山歩きのとき何度か立ち寄ったこともあり、私にとって親しみ深い本です。私くらいの年齢になると胸に沁みます。あと、日本人の美的感覚に鋭く切り込んだ谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」も味わい深く私の大好きな随筆です。有名ですのでいろいろな出版社から出版されていると思います。
最後に専門の物理・情報についてですが、一般向きに書かれた本として物理学天才列伝上下(講談社:BLUE BACKS B-1663,B-1664 W.H.Cropper著、水谷淳訳)を挙げておきます。ニュートン、マクスウェル、アインシュタイン、・・・物理学史上に燦然と輝く大天才たちの業績内容がわかりやすく解説されているだけでなく、書名からもわかりますが、人となりまで書かれています。
客員教員 永原 恵三 先生
専門:音楽学・声楽
1)専門分野の音楽学から1冊
小野真龍 2019『雅楽のコスモロジー −日本宗教式楽の精神史』、京都:法藏館、2,200円+税
西暦752年の日本で、一大イベントが開催されました。それは東大寺大仏開眼供養です。絢爛豪華な音楽と舞が奈良の東大寺を舞台に繰り広げられたのです。しかし、その情景を現代の日本ではもはや再現できません。本書は、雅楽という日本伝統音楽の奥底から見える日本人の宗教観を明快に記したものです。
著者の小野真龍氏は、大阪にある雅楽の伝承組織(天王寺楽所)の雅亮会を率いる雅楽の演奏者で舞楽の舞手でもあります。他方、京都大学で博士号を取得した宗教哲学の研究者(小野真)でもあり、また東洋音楽学会の会員として、音楽学での雅楽研究の先端的知見をたどりつつ、音楽の理論と実践両面から日本の精神史をわかりやすく解きほぐしてくれます。本書は大学での講義録をもとにしています。
雅楽は普段馴染みがないかもしれませんが、たとえば四天王寺の「聖霊会」は現在でも半日かけて聖徳太子の供養のために、舞楽と仏教の声明の両方が奉納される行事です。これを機会に私たち日本人の身のまわりにある雅楽を探してみるのもよいかもしれません。ちなみに、私が雅楽に最初に触れたのは、小学校(大阪府)の修学旅行で伊勢神宮に行った時でした。その時は全く馴染みのない音で、そして今でも私の演奏する西洋音楽とは全く異なった音の世界ですが、それだけに音と舞のなせる世界は実に刺激的です。
2)近接分野から1冊
宮本常一 2014『イザベラ・バードの旅 『日本奥地紀行』を読む』、東京:講談社学術文庫、920円+税
イザベラ・バードはイギリス人女性旅行家で、明治初期の日本に単独で来日し、日本人の通訳一人を連れて日本の各地を旅行してまわった人です。その旅行記である『日本奥地紀行』を、民俗学者である宮本常一氏が講読した講義録をもとに編まれたのが本書です。
明治期には日本に滞在した多くの外国人(西洋人)が、当時の日本について様々な視点から書物を残しています。これらの興味深い点は、外国人だからこそ見える日本の文化が書かれていることです。つまり、日本人にとっては当然のことで記すまでもないことが記されているのです。イザベラ・バードにしても同様です。
私が印象深かったのは、たとえば、蚤の存在です。彼女は旅の最中にどこでも蚤に悩まされたことを記していますが、日本人はそれを記しません。あまりに日常的だったからです。さらに現代の生活では蚤に悩まされるのは想像できないことです。また、旅館での三味線の音にも違和感を抱いていることも記されています。
民俗学者としての宮本氏の著書は『忘れられた日本人』(岩波文庫)が代表的ですが、宮本氏は人びとのありのままの姿を丁寧に記す人であり、語られたり記されたりしないけれども、人びとがこのようにして生きている、ということをつねに温かい眼差しで、しかし冷静な視点で書き記した人であったと思います。
本書は、イザベラ・バードという外国人の視点と、宮本常一氏という民俗学者の視点の両方を味わえる点で、興味深いと思います。
客員教員 梅谷 博之 先生
専門:言語学
● 松井孝典(著) 『コトの本質』(2006年,講談社)
研究において「きわめる」とはどのようなことかを教えてくれる本です。加えて、研究者として心掛けるべき本質的なことも書かれています。それら全てのことを卒業論文執筆や日頃の学習のために今すぐ役立てられるとは限りません。しかし、結果が出るまで発想を出し尽くす必要があること、何かをする場合まずは手あたり次第やってみる必要があることなど、研究・学習のしかたに迷ったときに参考になることも書かれています。私も、この本に書かれてある「きわめた」状態に少しでも近づきたいです。
● 梅棹忠夫(著) 『知的生産の技術』(1969年,岩波書店)
情報の整理・管理方法のヒントを与えてくれる本です。この本が出版されたのはコンピュータが普及する前で、コンピュータを使った方法は載っていません。「古典」と呼んでよい本かもしれません。しかし、今でも通用する考え方を学ぶことができます。私の個人的な話で恐縮ですが、コンピュータを使った情報整理・管理が自分にあまり合わず、この本に書かれてある方法を今でも活用しています。
● 千野栄一(著) 『外国語上達法』(1986年,岩波書店)
この本もコンピュータやインターネットの普及前に書かれた本です。この本が書かれた時よりも今のほうが外国語学習の環境は格段によくなりました。今では当てはまらなくなった記述も所々あります。しかしこの本には、外国語を学ぶ上で参考になる哲学のようなものが書かれています(もちろん実践的な技術も載っています)。外国語を習得する目的をはっきりさせ、学習意欲を高めるために読むことをお勧めします。
客員教員 小山 玲子 先生
専門:子ども学
私は手軽に読める文庫本や新書から選んだ本を紹介いたします。
● 宮口幸治(著) 『ケーキの切れない非行少年たち』(2019年、新潮社)
タイトルが気になり購入しました。精神科医、臨床心理士。精神科病院、医療少年院での勤務を経て、現在大学教授である著者が、今までに出会った少年たちの状況をまとめています。非行少年たちの特徴を幼児期、小学校、中学校時代に把握し、適切な対応ができなかったのだろうか、どのような関わりが必要だったのか、支援とは…といろいろ考えるきっかけになると思います。続編の『どうしても頑張れない人たち』(2021年、新潮社)もあります。
● 堀内都喜子(著) 『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(2020年、ポプラ新書)
スウェーデンやデンマークには行ったことがありますが、フィンランドはまだ訪れたことはありません。3年前に『スウェーデンの保育園に待機児童はいない…東京創元社 久山葉子著』を読み、スウェーデン人の働き方に対する考え方は日本とは大分違うと感じました。それでは、2018年、2019年「幸福度ランキング世界1位」のフィンランドでは、仕事を含むライフスタイルはどうなっているか知りたいと思い購入しました。日本人は働きすぎでは…。 日本のシステム・枠組みはなかなか変えられませんが、その中でも人々の意識が変わることで、もっと暮らしやすい社会になるのではないか、と感じます。 自分の気持ちに余裕を持ち、人生をもっと楽しみたいですね。
● ダニエル・キイス(著)小尾芙佐(訳) 『アルジャーノンに花束を』(2015年、ハヤカワ文庫NV)
ご存知の方が多いと思います。私は約30年前に読み、その後10年位前に再び娘と読みました。幼児の知能の持ち主の心優しい青年チャーリーが主人公の話です。同じ世界に生きていても、見る世界が違う苦しさとは…、幸せとは何か…を改めて考えさせられます。
今回ご紹介した記事は、東京文京学習センター機関誌「文京(ふみのみやこ)通信」No.15号に掲載されております。
公開日 2023-05-23 最終更新日 2023-05-23