~役職等は、掲載時点(2023年2月)のまま使用しております。~
所長 林 徹 先生
専門:言語学
●福井勝義(著) 『認識と文化:色と模様の民族誌』(1991年,東京大学出版会)
エチオピアのボティという部族はとんでもない数の色や模様を瞬時に区別できてしまいます。それぞれの色や模様には固有の名前もあります。なぜこんなことが可能かという謎を、現地での長期間のフィールドワークで少しずつ解き明かしていくドキュメンタリー。私たちが単なる図像にすぎない国旗や車のエンブレムを見て特別な感情を抱く理由にも繋がっていくかもしれません。残念ながら絶版ですが、放送大学図書館から借りて読めます。
●ハリイ・ケメルマン(著)永井淳/深町真理子(訳) 『九マイルは遠すぎる』(1993年,早川書房)
学生のころ先輩の藤田さんに勧められて読んだ短編推理小説集。タイトルの「九マイルは遠すぎる」は、たったひとつの文から主人公の教授がとんでもない事件を明らかにしてしまうお話。その後も藤田さんからミステリーを紹介してもらいましたが、いちばん記憶に残っているのはこれ。余計な人間模様がないので気分転換におすすめです、転換したまま戻って来られない危険はありますが。
●ドナルド・C・ゴース/ジェラルド・M・ワインバーグ(著)木村泉(訳) 『ライト、ついてますか:問題発見の人間学』(1987年,共立出版)
私たちは日々問題を抱えていますが、「本当のところ問題は何か?」と考えずにすぐに問題解決に取りかかってしまいがちです。また、「それは誰の問題か?」と考えずに自分ひとりが問題を解決しなければならないと思い込んだりしています。この本は、そういうときにちょっと立ち止まるためのヒントを与えてくれました。いわゆるビジネス本ですが、栄枯盛衰の激しいビジネス本の世界にあって、キンドル版ですがまだ販売が続いているということは、それなりに支持されているようです。
●西村義樹/野矢茂樹(著) 『言語学の教室:哲学者と学ぶ認知言語学』(2013年,中央公論新社)
言語学、特に認知言語学について、哲学者の野矢先生が生徒、言語学者の西村先生が先生となって対談した本。野矢先生の鋭い質問を受けて、かなり真剣なやりとりが続く箇所もあり、入門書かと言われると微妙です。ただし、日頃気にしていないちょっとした表現の認知言語学的説明は、割とすっと入ってくるのではないでしょうか。西村先生には来年度面接授業を担当していただく予定です。
客員教員 森 義仁 先生
専門:化学
わたしは日ごろ、大学で、「自然科学」を対象にお仕事として教育や研究をしています。その一方で、保育所や幼稚園の管理者(所長や園長)を兼任してきました。子供の遊びに科学する心を見るような場面が多くあり、遊びと真面目の境目を見るような気分でもありました。園長室の書庫には、100年前に少年少女に向けて書かれた物理と化学の実験書があり、科学する心を育てることとの重要性が示されていました。今回は、科学する心に関連して、わたしが持っている本から3つご紹介したく思います。
●池澤 夏樹 「科学する心」(集英社インターナショナル、2019)
作家池澤夏樹氏が自然科学に対して長く抱いてきた自身の心を文字として表した本です。現代の自然科学を学習しようと本を手にとるとき、そこに書かれていることが、日常との距離を感じる人は少なくないと思います。自然科学の歴史の最初には、その対象は日常であり、人が実感することができるものでした。今一度、人が実感できるところから自然科学をはじめてみることの重要性が書かれてあり、その出発点として料理を勧めています。
●ピーター・J. ベントリー 「家庭の科学」 (新潮文庫、2014)
ある日常の一日、朝目覚め、そして夜寝るときまでの出来事が一つの本にまとめられています。日記に残された一日のような本です。忙しく生きるわたしたちにとって、その一つ一つが普通のことでも、それらがどのように説明されるかに出会う機会は少ないです。それらの多くのことは科学と技術によって説明できます。そうはいっても説明を読むには時間が必要です。追い立てられるような日々の中で、自身の日常を今一度、考えてみるにはよい本です。
●H.W. ロエスキー/K. メッケル 「化学実験とゲーテ……~化学をおもしろくする104の方法」(丸善、2002)
この本を手にとりページを開くとよくある化学の実験書かなと思われます。しかし、よく見ると、一話一話に、文学作品からの抜粋が添えてあります。それは、そこで紹介している化学実験に関連し、文学者が関心を持ち、自らの作品に、その記述として残したものです。科学実験は教科書に書かれたように行い、理解し、表現しないといけないものではなく、本来は多様なアプローチがあってもよいことを主張しているのがこの本ではないかと思います。独自のアプローチを試みた代表格としてゲーテです。ゲーテは詩人?そうではなく、ゲーテは自然科学者を自認しています。ただ、当時の自然科学の権威が受け入れなかっただけのようです。
客員教員 星 薫 先生
専門:心理学
私は旅行が好きで、面接授業で全国の学習センターをお訪ねしていた頃には、そのたびにあちこちを巡ったものでした。ところが、昨今の状況はそうした気軽な旅行をさえ、許してくれず、家に籠ることの多い日々を過ごさざるを得なくなりました。その分、家で本を読む機会が増え、ふと気付いたのですが、本を読むというのも、一種の旅なのかもしれないと思うようになりました。確かに、大きな荷物を持って乗り物に乗って出かける旅は、ワクワクしますけど、代わりに疲れるし、トラブルもあるし、お金もかかります。一方、本の旅は、おいしい物に巡り合うことはできませんけど、時空を超えた世界への旅を可能にしてくれます。私の、そんな本の旅のいくつかをご紹介させていただきます。
●「チベット旅行記」 河口慧海著 講談社学術文庫
河口慧海は黄檗宗のお坊さんですが、明治中期に仏教の原典を求めて、当時鎖国していたチベットへと密入国するのです。密入国ですから、ことは簡単ではなく、まずインドで2年間、チベット語を学習します。次いで、インドからヒマラヤ山脈を越えて、はるばるチベットまで、徒歩で向います。現在、ジープで同地を越えるのでさえ、かなりの冒険ですのに、今から100年前に、徒歩で向かうのですから、その苦労は推して知るべしです。今は無きチベット王国での人々の暮らしも実に興味深いものです。当時のチベット人というのは、結婚式の時を除いて、一生涯お風呂に入ることがなかったのだそうで、清潔好きの日本人には想像のつかない生活をしていたようです。日本人である慧海にも、そうしたチベット人たちの生活は、あまり好ましく映らなかったようで、彼のチベット人評は、かなり手厳しいものでした。
●「今昔物語集」 本朝世俗編 全現代語訳 武石彰夫訳 講談社学術文庫
これは旅行記ではありませんけど、今から千年前の、乱世だった平安末期の日本への旅と言えるのではと思います。今昔物語と言うと、中高生の時代に、日本史か古文の時代のあまり面白くない思い出の一部として、その名を思い出す方も少なくないかもしれません。でも、現在この本は私たちにも簡単に読める現代語に訳されて、苦労することなく読めるようになっているのです。もちろん全巻読破など、到底お勧めできませんけど、その中の本朝世俗編という部分は、天皇や大臣たちのような高位の人々から、狩人、ひさぎめ(行商の女性)、泥棒などの庶民まで様々な登場人物についての、それぞれは短いのですがたくさんの物語からなっています。それで今昔物語を「日本のアラビアンナイト」と称した方もあるそうで、当時の人々の生活を生き生きと物語っています。
●「千一夜物語」 佐藤正彰訳 ちくま文庫
今昔物語が日本のアラビアンナイトだとすると、こちらは本物のアラビアンナイトです。私たちはアラビアンナイトと言うと、アラジンや、シンドバッドといった登場人物が活躍する、子ども向けの物語を思い出しますが、本来は決して子どもたちだけのお話ではありません。シャハリヤール王という王様のお妃であるシャハラザードが、毎夜王様に物語を語る、そのお話ですから、聞き手は大人である王様なのです。この王様は、女性不信のために、毎日違う女性を寝室に招いては、翌日その女性を殺すということを続けていたのですが、シャハラザードが語る物語が面白くて、次が聴きたくて彼女だけは殺せずにいたのです。彼女の語る物語が、千一夜物語と言われるものだったのです。
客員教員 細谷 浩史 先生
専門:原生生物学、細胞生物学
客員教員の先生方による「おすすめの本」を文京通信で特集する、と学習センターよりご連絡を頂きました。
「学生さんから先生方のおすすめの本を聞きたいという声は多く、普段から①たくさん本をお読みになる先生方が、本の紹介を通してメッセージを伝えて頂く事で学生さん達への②応援になると思い、ぜひ先生方のおすすめの本をご紹介して頂ければ」とも申し添えがありました。
②はとても大切で、早速センターに「③寄稿了解」をお伝え致しました(丸数字は筆者による)。ところが…。
最近は専門分野の英語論文を読むばかり、お薦めできる「最近の本」自体を思いつかず、昔の事ばかり思い出します。
大昔(大学時代)私が深い感銘を受けたのは国際関係論(衛藤瀋吉教授)の講義でした。講義では、高校出たての私ですら感じていた「日本の常識はどこか外国と違うぞ」という感覚が明快に分析されていき、先生の著書『無告の民と政治』(1973,UP選書)、更には『日本の進路』(1969,UP選書)で更に理解が深まりました。
読書に弾みがつくおまけもつき、「日本の勉強秀才が外国では…」を熱く語る松山幸雄氏の著著『勉縮のすすめ』(1978,朝日文庫)や『日本診断』(1981,朝日新聞)に繋がり、私の国際感覚が磨かれた事は間違いありません。
……ここで手持ちが尽きた私は、ようやく上記の①を読み落としていた事に気づきました。
しかし、②は大切です。③も済ませてしまっています。後に引けません。
そこで、起死回生、私のお薦めの最近の書!:多くの高校生が知っている『生物』の教科書(啓林館、実教出版、第一学習社、東京書籍など多社から出版)。マサチューセッツ工科大学(米国)では、生物学を専門としない学生(同大には文系学部もある)に対しても生物学の講義受講を義務付けている様子です。
それは、生物学の知識・考え方を学んでおけば、④文系学生であっても社会に出た後最先端のバイオテクノロジー分野の理解が容易となり、同分野の発展が促進され技術立国の重要な礎となる、という考えから来るとの事(『カラー図解 アメリカ版 新・大学生物学の教科書』(2021,講談社)の前書きから)。
その事を頭に入れ、我が国高校生物の教科書を紐解くと、日々報道される最先端生物学のニュースの理解に何と役立つ事か!これこそ、生命科学の時代に必携の座右の書であると考えた次第です。
但し精読すると、どの教科書でもミトコンドリアは(いまだに)皆様ご存じのソラ豆型のまま。 受精後の拡大模式図も、精子の頭が卵内に突入した時点でおしまい。
何故かというと……、あっ、字数が尽きそうです。この続きは茗荷谷で皆様に直接お話し致します。
因みに衛藤先生は『日本の進路』で、「本当は医者になりたかった。その前に人間理解が重要、哲学・思想・歴史を学ぼうとまずは文科に進んだ」と述べています(何となく④に繋がります)。
先生のその後については同書をお読み下さいませ。
今回ご紹介した記事は、東京文京学習センター機関誌「文京(ふみのみやこ)通信」No.15号に掲載されております。
公開日 2023-04-25 最終更新日 2023-06-23