【学習センター機関誌から】経済史から食、音楽、第一次世界大戦を経て、野良猫まで

放送大学東京文京学習センター客員教授

東京大学特命教授

小野塚 知二 

林徹所長に誘われて、今年度より東京文京学習センターの客員教授になりました。よろしくお願いいたします。

わたくしがながく研究してきた分野は経済史です。
経済学史(経済学の歴史)とよく間違われるのですが、経済史とは、過去の経済を調べ、また、経済的な観点から過去を物語ります。

その中でも、労使関係・労務管理の歴史を研究し、その関係で、普通の人々の生活・人生の中の思想を浮かび上がらせる経済思想史の研究も続けてきたのですが、あちこちで風呂敷を広げてきたため研究領域も広がってしまい、いまや収拾のつかないありさまです。

最初に留学した英国で、食事があまりにもまずいことに腹を立てて、なぜこれほどにまずいのかを調べ始めて、それは現在でも英国の食文化史と食糧政策史の研究として続けています。

昔からまずかったのではなくて、産業革命を経てまずくなったのです。しかも英国は19~20世紀には食糧輸入国だったのですが、大量の飢餓は生み出さず、食糧を調達し続ける政策を維持しました。
いまはほぼ百パーセントの自給率にまで回復しています。

4年前に東京大学日本料理グローバル研究連携ユニットを立ち上げ、日本料理とは何かを定義(言語化(transcription))する共同研究もしています。
英国では19世紀前半が食文化の長い危機の時代だったのですが、日本は高度成長期以降が長い危機で、実はいまが、日本料理が生き残れるかどうかの正念場なのです。しかも自給率がこれほど低いのは、先進国では日本と韓国だけです。

19世紀後半~20世紀前半の帝国主義と社会主義の時代の民衆の音楽的経験を調べる音楽社会史の研究も30年以上続けています。一つの歌が替え歌や借用で世界中に広まり、さまざまな歌詞で歌われ、それがときには対立をもたらし、また連帯の手段ともなりました。

2013年以降、第一次世界大戦開戦百年を振り返る研究も続けてきました。第一次世界大戦はそれ以前の君主たちの戦争とは異なり、民衆心理が開戦・継戦・終戦のすべての過程を決定した戦争です。

逆に民衆心理を操作して、自分たちは外敵から害される被害者であり、また外敵に内通する裏切り者がいるという言説を浸透させれば、戦争を始めるのは容易であることが第一次世界大戦の経験でわかってしまったため、第二次世界大戦から、近年のトランプやウクライナの戦争にいたるまで、同型の言説が緊張の原因となっています。

わたしが史料調査のために訪れるのはヨーロッパが多いのですが、世界は野良猫のいる社会と野良猫のいない社会に二分できることがわかりました。
英国やドイツはかつて(20世紀半ばまで)は野良猫がいましたが、いまはほとんどいません。イタリアや日本はいまも野良猫がいますが、減ってきています。

野良猫の消滅と有無を決定しているのは、家族形態・介護形態と帝国主義経験の深浅であるとの仮説を立てて、これも大規模な研究組織を立ち上げて、野良猫に注目することにより人間・社会の秘密を解明することをもくろんでいます。


 (東京文京学習センター機関誌『 文京(ふみのみやこ)通信 』2022年7月発行(第14号)より)
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公開日 2022-09-16  最終更新日 2022-09-16

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