十八歳から約十年間も迷子だった私と放送大学 田上 奨(たがみ しょう)/ 三重学習センター

 私が大学について、まじめに考え始めたのは陸上自衛隊を退職した十八歳の春でした。
 多くの子供たちが一度は「ヒーロー」に憧れるものだと思いますが、私もその一人でした。そんな十八歳の私が考えた高校卒業後の進路は自衛官になることでした。『アンパンマン』や『The Catcher in the Rye』を目指すよりは現実的な選択だったと思います。

 就職氷河期も終わっていたようで、すんなりと私は自衛官になることができました。しかし、ここからが本番でした。私は放射性物質などで汚染された地域で活動する化学科を志望していたので「新隊員教育」で良い成績を取る必要がありました。
 ところが私は駐屯地でインフルエンザの集団感染に巻き込まれたために体力が落ちてしまいました。追討ちをかけるように上司からは「少数精鋭の化学科は狭き門であり、理系の大卒隊員でないと選ばれないだろう」と告げられました。体調不良の上、目標を失った私は自衛隊を一カ月で退職しました。

 自衛隊を退職した後の約十年間は何か変化を求めながらも考えが煮詰まらず、アルバイトや趣味の読書にかまけて鬱屈とした日々を過ごしていました。転機となったのは津市立三重短期大学を知り、入学したことです。学費も貯金で賄えそうだったのでこれ幸いと入学しました。
 大学では勉強を強要されていると感じることはありませんでした。人に決められた道を歩くことが苦手な私でも学ぶことが楽しかった。ただ過密な予定を組んでしまい、常に体調不良でした。

 その後、私は放送大学に三年次編入学しました。落ち着ける場所で好きな時間に講義を受けることが可能な放送大学のシステムは体力的にも精神的にもプラスに働きました。履修できる科目が幅広いことも魅力の一つです。ちなみに私は学びたい科目を全て履修する前に卒業してしまったので再び放送大学に入学し、今も学生です。

 放送大学での学生生活は私には合っていました。そして、私のようなタイプの人間は少なくはないと考えています。この文章を読んでいるあなたがどのような方かを私は知りませんが、かつての私のように変化を求めている方ならば、お役に立てるかもしれないと思いながらタイピングしています。もし、少しでもお役に立てたならば望外の喜びです。


プロフィール  

田上 奨(たがみ しょう)
1988年生まれ 三重県出身

愛読書はヘルマン・ヘッセ『シッダールタ』、チャールズ・ディケンズ『クリスマス・カロル』、上遠野浩平『無傷姫事件』、森博嗣『喜嶋先生の静かな世界』、米澤穂信『さよなら妖精』

(以下追記・2022年1月時点)
2019年 放送大学 教養学部 心理と教育コース 入学
2021年 放送大学 教養学部 心理と教育コース 卒業
同年  放送大学 教養学部 生活と福祉コース 再入学

※2021年12月13日 本誌掲載の記事です。


三重学習センター https://www.sc.ouj.ac.jp/center/mie/

公開日 2022-02-18  最終更新日 2022-08-15

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