※No.127号(2019年1月)掲載記事。
障がいのある人もない人も、共に学びやすい場をつくる──。このユニバーサルデザインの考え方が、教育の現場で今、注目を集めています。そこで今回、その研究の第一人者で、テレビ授業科目「情報社会のユニバーサルデザイン(’19)」の主任講師でもある広瀬洋子教授にお話をお聞きしました。
広瀬 洋子 教授
情報コース/情報学プログラム
PROFILE
神奈川県生まれ。放送大学教授。専門は高等教育における多様な学生への支援・障がい者支援。メディア教育開発センター教授などを経て現職。
障がい者の方たちが工夫をしながら、学ぶ姿に感動
私は元々、英国のオックスフォード大学大学院で社会人類学を勉強していました。
その後、縁あって1989年に放送大学の関連機関である放送教育開発センターの助手になりました。
時の所長で社会学者の加藤秀俊先生から「遠隔教育と障がい者」に関心はないか、と問われました。
正直なところ、テレビやラジオを使って行う教育ってどうなんだろう? 私が英国で受けた教授と学生とが1対1で行う手厚い教授法とは真逆な気がして、最初はかなり懐疑的で戸惑いさえありました。
ところが、放送大学に学ぶ、吉澤さんという全盲の学生さんと出会ったことで、私の考えは大きく変わりました。
そのとき彼は、障がいのある方たち10人にインタビューをして、「障がい者と教育」をテーマに卒論を書こうとしておりました。
そこで私も、白杖をもつ彼に付き添い様々な方を訪ね歩くことになったのです。
当時、盲聾の大学院生だった、現在東大教授の福島さんもその一人です。それぞれのお話が大変興味深く、人間の可能性について改めて教えられました。
そして驚いたことに、全盲の吉澤さんは、パソコンの読み上げソフトを駆使して、誰にでも読める立派な論文を一人で書き上げてしまったのです。
今から30年くらい昔のことです。これはすごい。
ICT(情報通信技術)を活用することで、障がいのある方も自分を表現できる、成長することができる。私にとってはまさに覚醒、目から鱗が落ちました。
また、多様なメディアを利用して、好きな時間に自分に合った方法で、学習できる遠隔教育は、多くの障がい者はもとより、ハンディを抱える人々に高等教育を届けることができると実感。
これは、社会人類学的にも、ものすごくエキサイティングな領域になる、そう確信しました。
以来、障がい者支援の進んだ米国や英国、EU諸国などの大学を訪問し、障がいのある方への配慮や授業方法などについて調査を開始。
高等教育における障害者支援と、情報社会のユニバーサルデザインについての実践的研究に邁進しました。
そして、その研究成果を、論文や映像コンテンツにして発表。
放送大学のTV授業をはじめ、様々な研修会や政府関係の研究会などでも紹介してきました。
「読む・聞く・見る」の多様な方法を提示する
ところで、ユニバーサルデザインとは、何かご存知ですか。
これは、年齢・性別・能力・環境にかかわらず、できるだけ多くの人々が使えるよう、最初から考慮して、まち、もの、情報、サービスをデザインする、そのプロセスと成果のことです。
不便さを取り除くという「バリアフリー」とは違い、最初から多様な人がいることを前提にデザインする考え方ですね。
そして私の研究テーマである、情報社会のユニバーサルデザイン──とは、視覚障がい者も、聴覚障がい者も、外国人も、誰もが、社会の中で重要な情報にちゃんとアクセスでき、十分に活用できることを目指すことです。
放送大学においても実践的な取り組みを進めてきました。
多様なメディアを介して教育を届けている放送大学。
やる気さえあれば、その音声、テキストをオルタナティブな教材に変換して提供する事が可能です。
障がいのある学生の在籍割合が大きい放送大学でこそ、取り組むべき仕事だと思いましたね。
まずは視覚障がい者に向けて、印刷教材のデジタル化を行いました。
ボランティアの方々が手弁当で続けていたデジタル化や点訳者につなげるノウハウを、2006年に大学側が継承する形で実現。
現在、デジタルデータを必要な学生には、CD-ROMで渡し、彼らはそれをパソコンの読み上げソフトや、点字に変換することで読むことができます。
また、大学ウェブサイトに「視覚障がいの方」向けの特設サイトを設けております。
一方、聴覚障がい者のために、本学のテレビ授業の65.2%が字幕化されています。
そこで、ラジオ授業に関しても、私たちは、音声の見える化に挑戦。
2012年より、インターネット配信によるラジオ授業に字幕と静止画を付与したコンテンツを制作し、実験的な配信をスタートさせました。これは大変好評で、「初めてラジオ授業を受けることができた。」と、聴覚障がい者の方から喜びの声をいただきました。
さらに、音声認識システムを用いて、放送大学の講義の音声をテキスト化するという研究開発も、京都大学と共同で進めてきました。
音声認識技術は日進月歩で進み、人手と費用がかかる文字起こし作業が以前より効率的に行えるようになり、オンライン授業の字幕作成にも活用されています。
世界一アクセシブルな授業を目指す
こうしてICT活用は、障がい者の学習環境を飛躍的に向上させました。
でも、これは単に少数の障がい者のためだけではなく、世界の多様な人たちに教育を届けることにもつながるのです。
テキストデータ(字幕)を自動翻訳すれば多言語化が可能で、中国語にも、スワヒリ語にもなる。
インターネットに載せれば、国内の留学生にも、モンゴル草原の少年少女にも届くからです。
皆さまも、放送大学のアクセシビリティの高い授業に参加しませんか。
約300科目もの講義がテレビやラジオ、スマートフォンやタブレットで視聴できます。
また、全国の高等教育機関397校と単位互換協定を結んでおりますので、障がいのある人もない人も、この制度をぜひ活用していただければと思います。
放送大学ほど高品質な映像と音声の教育コンテンツをもっている高等教育機関は、世界広しといえども他に類を見ません。
このメディア教材をユニバーサルデザイン化すれば、世界一アクセシブルな遠隔高等教育機関として世界に発信することも可能です。
だからこそ、本気を出して、世界の多様な人たちに教育を届けていく。
それが私の夢なのです。
ラジオ特別講座「メディアと与謝野晶子」の画面
(2019年1月現在字幕実験配信中)
Information お知らせ
字幕・静止画付きの、ラジオ授業(インターネット配信)
2016年施行の「障害者差別解消法」により、放送大学は障がい学生への「合理的な配慮」が義務づけられました。
そこで、聴覚障がい者に対しての情報保障として、字幕付きのラジオ講義を実験的に配信。
本学の学生向けサイトから、合計9科目視聴いただけます。
音声だけでは分かりづらい漢字や内容理解の助けにもなります。
https://www.ouj.ac.jp/hp/gaiyo/internet_ra_jimaku.html
公開日 2021-02-26 最終更新日 2022-09-13