「心の健康」を支えるものを発見してほしい

No.129号(2020年1月)掲載記事。
気分が沈む、心が折れる──。ストレス社会といわれる昨今、「心の健康」は、多くの人々の関心事となっています。そこで今回、精神科医であり研究者である石丸昌彦教授に、現代のメンタルヘルスについてお話をお聞きしました。

石丸 昌彦教授
石丸 昌彦 教授
生活と福祉コース/生活健康科学プログラム

PROFILE
愛媛県出身。放送大学教授、精神科医。専門は精神医学。
東京医科歯科大学難治疾患研究所講師、桜美林大学教授などを経て現職。著書に『健康への歩みを支える~家族・薬・医者の役割』(キリスト新聞社)など。

人間の精神や行動の不思議さに惹かれる

私はあまり体が強くなかったので、小さい時から医者の世話になることが多かったのです。

一度は文系の大学に進みましたが、幼い時代の憧れがどこかに残っていたのでしょう、医学の道へ進むことになりました。

当初は、自分が精神科医になるとは全く思っていませんでした。

ところが、最終学年の臨床実習の期間中に、患者さんと向き合うなか、人間の精神や行動の不思議さに惹かれるようになったのです。

また患者さんの生い立ちから生活背景、人間関係など、人間全体にとりくむ精神科の医療にも、強く魅力を感じました。

そこで卒業後は精神科医として、東京・大分・福島などで臨床に従事することになりました。患者さんたちに囲まれて、非常にやりがいのある日々でした。

日本における精神科入院患者30万人のうち、6割前後が統合失調症です。その中には、ふつうに生活できるまで病状が改善しているにもかかわらず、帰っていく場所がないために、「社会的入院」を余儀なくされている患者さんが大勢いました。

1980年代当時は、精神疾患に対する差別や偏見が今以上に強くありました。

とくに統合失調症は、当時「精神分裂病」と呼ばれ、この病名が偏見をいっそう煽っていました。1952年に治療薬が開発され、外来での治療が可能になっていたにもかかわらず、精神病院からの退院にあたって、引き取り手のないケースが多かったのです。

このような現実に直面し、この病気の予後をもっと改善できないものだろうか──との思いがつのり、東京医科歯科大学の研究室で、統合失調症の発症原因に関する研究に加わるようになりました。

石丸 昌彦 教授

ワシントン大学留学時の思い出のアルバム

臨床医として、研究者として人の「心の健康」に取り組む

幻覚や妄想などの症状が出現する統合失調症は、なぜ発症するのか──。脳の中でドーパミン神経伝達が過剰に働くためとするドーパミン仮説が有力です。

しかしこの仮説だけでは、統合失調症の症状を説明できない部分がありました。そこで私たちは、それを補うものとしてグルタミン酸仮説に注目し研究を進めたのです。これが大きな発見につながりました。

その後、1994年からの3年間、私は、アメリカのワシントン大学に留学。グルタミン酸の作用と脳の機能変調に関する研究で、世界的に有名な学者、ジョン・オルニー先生のラボで研鑽を積みました。国際色豊かな研究環境で、実に楽しかったですね。

帰国後は、臨床の場に戻ることにし、また2000年からは大学の教壇にも立ち、精神保健福祉士の教育に携わるようになりました。折しも日本は、1987年に「精神保健法」が成立し、精神疾患の患者さんの人権擁護と社会復帰の促進が求められはじめた時期でした。そのために、精神保健福祉士の資格が創設された時だったのです。

こうして私は、臨床と教育の場で活動することになり、診療の場で患者さんから教わることを教壇で伝える──この方法で、「心の健康」に取り組むようになりました。

嬉しいことに、大学で出会った学生たちは、新しい考え方を柔らかい頭で学んでくれました。精神疾患、とくに統合失調症に対する偏見が格段に薄らいでいました。

そういう若者が21世紀に育ってきていたのです。そんな学生たちとの交流は、私にとっても「一生の宝物」になっています。

また2002年に、「精神分裂病」という病名が「統合失調症」へと変更されたことも大きかった。病気に対する印象がずっとマイルドになりましたよね。実際、薬の効果もあり、昨今は、統合失調症の症状自体が軽症化していると言われています。

一方、うつ病患者は100万人を超えています。要因として、診断基準が変わり、うつ病の対象範囲が広がったことや、気軽に通えるメンタルクリニックが増加したことなども挙げられます。しかし何よりも大きいのは、人を支えるコミュニティ基盤が脆弱になっていることではないでしょうか。

日本にはかつて、地域・職場・家族といった様々なコミュニティがあり、不調をきたすと、どこからか助けの手が伸びてきました。でも今は、コミュニティが衰退し、ハラスメントやDV、貧困問題など、何かストレスがかかった時に頼れる先がない。

そのため、心労が積み重なり、あっという間に心が折れる。診療に来る人は増え、その多くが適応障害型のうつ病なのです。人と人との絆の回復をはじめ、このような社会の状態の是正が必須となっています。

そして、「心の健康」を維持するためには、やはりもう少しゆとりのある生活をすることが重要です。うつ病の治療で何よりも大事なことは、薬ではなく「休養」、つまり心身を寛(くつろ)がせることですから。

ところで、健康における「スピリチュアル」という側面の重要性が、世界的に注目されていることをご存知ですか。WHO(世界保健機関)による健康の定義では、身体的・精神的・社会的の3つの側面すべてが良好な状態にあることを「健康」と定めています。

そこに「スピリチュアル(霊的)にも良好な状態にあること」を加えようという提案が1998年頃なされたことは、象徴的なできごとでした。

この「スピリチュアル」という言葉は、日本語に訳しづらいですが、良心や道徳、宗教的なもの、また人間らしい「心」と表現したらどうでしょうか。

そのような「心」が健康であることは、自殺予防などを含め、メンタルヘルスを向上していくために、非常に大切なことだと思います。

メンタルヘルスを向上させる最強の教養を学ぶ

石丸 昌彦 教授

放送大学は、教養を大事にしている稀有な大学と言えます。

しかも、90代になっても、学び続けている学生が大勢いる。人生100年時代に、生きることの一部として「学び」があることは、メンタルヘルスの面からも、非常に良いことです。

教養というのは、明日の成果につながるものではないかもしれません。すぐに結果を出すことが求められる現代社会においては、役に立たないものと思われるかもしれません。

でも、生きる中で行き詰った時に、自分を支えてくれるものが教養なのです。そのような教養の一つとして「心の健康」について、一緒に勉強しませんか。「今日のメンタルへルス(’19)」や「死生学のフィールド(’18)」などの科目があり、心の健康を支える条件は何か──などが学べます。

その中から、メンタルヘルスを克服する力や、“人生を紡いでくれる一筋のもの”を発見していただけたら嬉しいです。とくに死生学は、最強の教養ですから、ぜひ若いうちから関心をもっていただきたいと思います。教養は現実の力です。

公開日 2021-02-26  最終更新日 2021-02-26

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