青山 昌文
特任教授(人間と文化コース)
放送大学の放送授業「西洋芸術の歴史と理論(‘16)」には数多くの海外ロケが収録されています。
芸術作品には、現物のみが放つオーラのようなものがあり、それは、その作品の現場に行かないと感得できないものであり、それゆえ、私自身が現場に身を置いてその作品について語るというスタイルの講義を私は長く制作してきました。このスタイルこそが、講義に迫力を生むからです。
このことが実現できたことを、私は深く放送大学に感謝していますが、思い出深い数々のロケの中で今でも心に深く刻まれているのは、ロマネスク建築芸術で名高い南フランスのル・トロネ修道院のロケでした。
私たちロケクルーはルールマランに宿を取り、明け方まだホテルのスタッフが寝ている暗いうちからロケに出発したのですが、それは、朝の太陽の光がル・トロネの回廊に差し込み始める瞬間を映像に収録したいからでした。
その瞬間は、突然、出現しました。南フランスの朝にして既に強烈な太陽の光がほぼ水平に近い角度で差し込み始めたその瞬間、観光客がまだ誰もいない静謐なル・トロネの回廊は、歌い始めたのです。静かに、しかし力強く、ル・トロネは、美の調和の極致を歌い始め、建築に内蔵されている〈宇宙の調和〉の美が開かれ始めたことに、私たちは、圧倒されました。あの瞬間、私は、「時よ止まれ、お前は美しい」と、心の中で静かに叫んでいました。
それから数年後、私は再びルールマランに行き、撮影後の夜にロケクルーと一緒にワインを飲みながら大いに芸術について語ったレストランで昼食を戴いた後、数年前のその時のシーンを覚えているレストランの主人に、カミュの墓の場所を尋ねました。
『異邦人』などの小説で知られるカミュは晩年ルールマランに家を買い、ルールマランからパリに向かう途中で自動車事故で即死するのですが、お墓はルールマランにあるのです。「すごく目立たない地味なお墓ですよ」と主人が教えてくれたカミュの墓は、墓地の中に入ってもなかなか探し出せませんでした。
夏の暑い日差しの中で少し途方に暮れていたその時、誰もいないはずの墓地の中から白い背広を着た壮年の白人男性が突然現れ、私が何も言わないのに、「ああ、カミュか。・・・カミュ。カミュはあそこだ」と歌うように微笑んで指さしたのです。
忽然とその後消えてしまった彼に感謝しながら、私はカミュの墓の前に立ち、かつてカミュ=サルトル論争でサルトルの方が正しいと思い込んでいた昔の若い私の不明を深く詫びました。実に質素なカミュの墓の前で私は長い時を過ごしましたが、あの時の白人男性は、カミュの霊ではないかと今でも思っています。
(この記事は、2023年1月22日に執筆されました。)
公開日 2023-02-17 最終更新日 2023-10-20