岩手学習センター 客員教員
小野田 敏行
(専門分野:公衆衛生学・成人保健)
色々な研究の多くは気づきによって始まります。開業医の先生が立て続けに似たような症状の患者を診察し、流行っているぞ、何でだろうと共通する特徴や因子を考えて行くのも立派な研究です。
このようなことから仮説(〇〇は△△を起こしやすくする)を立て、規模を大きくして検証していく研究を疫学研究と呼んでいます。
実は私たちも同じことを知らず知らずのうちに日々行っています。
朝起きたら胃がむかむかする(現状の記述)、何でだろう。あ、そうか。昨晩に食べ過ぎてしまったせいだな(分析)、今度からは気を付けよう(介入)、という具合です。なお、実際に気を付けても症状が改善しない場合は分析が間違っている(食べ過ぎ以外にも要因がある)可能性が高くなりますので受診しましょう。
研究でも日々の生活でも気づきは大事なのですが、この気づき、様々な間違いが起きやすいことに注意が必要です。デジタル時計をみた時、何だかキリのいい数字(3:45など)になっていることが多くありませんか?この現象はキリのいい数字をみた時だけ、またキリがいい数字だぞ、と記憶に残りやすく、キリが特には良くない数字をみた時には記憶上スルーしてしまうこと、また、キリが良く見える時刻は意外に多いことによると考えられます。
この程度であれば構いませんが、研究で似たようなことが起きると困ります。
ある物質に発がん性があると疑って研究を行ったとします。患者対照研究というスタイルの研究では、実際にそのがんに罹っている患者さんに過去の曝露状況を聞きます。それだけでは患者さんの特徴はわかりませんので、そのがんに罹っていない健常者(対照)にも同様の聞き取りをします。
患者さんにその物質の曝露が多い、健常者には少ないとなればその物質が発がんに関与している可能性が高くなる、という研究なのですが、この時、皆がこの物質に発がん性があると思っていれば、患者さんは自分ががんに罹っているのはこの物質のせいだろう、と、より詳しく、時には過剰に過去の曝露状況を答えますし、健常者はあっさりと、より少なく答えやすくなります。そうすると実際にその物質は発がん性が無いのに発がん性あり、という研究結果の出来上がりとなります。
勘の良い人はこれはタバコと肺がんの関係の研究のことだと気づかれたと思います。
まさしくそのような批判を時に聞きますが、健常な人々について最初に喫煙習慣を確認してから
長期に追跡して肺がんの発生状況を調べて行くコホート研究(前述のような思い込みによるエラーは起きにくい)でも強固な関連性が確認されていますので間違いなく喫煙は肺がんのリスク要因です。
最後にギャンブルの時の有名な間違いについてです。
私たちはギャンブルをして当たると「当たった、うれしい。」、外れると「外れた、悲しい。」となりますが、この続きがあります。当たると「当たった。次も当たるかな。」。ところが外れた場合、「外れた。次こそは当たるだろう。」と考えやすいのです。
ギャンブルに限らず、日々の生活でも私たちは間違いやすいことに注意したいですね。
岩手学習センター機関誌『イーハトーブ』183号 2022年7月発行より
公開日 2022-10-21 最終更新日 2022-11-01