【学習センター機関誌から】「読書の秋」に物語を読む -想像力と平和について-



清水 奈名子


放送大学栃木学習センター客員教員

宇都宮大学国際学部教授


「読書の秋」を迎えるこの時期、皆様はどのような本を手にとっておられるでしょうか。本を読む人が減りつつあると言われていますが、書店や図書館に足を運べば、実に多くの書籍が私たちとの出会いを待っているように感じます。

私自身の読書体験を振りかえりますと、両親に読み聞かせてもらった絵本の世界がまず思い出されます。物語の世界に引き込まれ、登場人物(人間以外の動物のこともありました)にすっかりなりきって、喜んだり怖がったり、考えこんだりしておりました。自分で文字が読めるようになってから現在に至るまで、多様な物語の世界を味わってきましたが、学生時代は電車で通学しておりましたので、読書に夢中になって乗り過ごしたことが懐かしく思い出されます。

現在は仕事柄、物語よりも戦争や平和に関する本や論文を読む機会が増えました。私が学生時代にお世話になった、日本政治思想史の研究者である松澤弘陽先生の論文のなかに、戦争の記憶と想像力についての文章があります。この文章では、松澤先生が英国にいらした際に、日本軍と戦った経験のある高齢の英国人男性から話しかけられた経験が、次のように綴られています。

別れ際に「あなたが戦争に参加した経験を通じて、学んだいちばん大きな教訓(lesson)は何ですか」と尋ねました。私は、たぶん困難を恐れず勇ましく生きることだといった答えが返って来るだろうと予測しました。しかし、答えは、Don’t hate your enemy.(敵を憎んではいけない)でした。

(中略)彼は、若者として軍隊に動員されました。若者は軍隊の中で敵を憎むように吹き込まれる(indoctrinate)。彼は「自分もそうだった」と言いました。ですが、インド東部の山岳地帯で日本兵の日の丸の旗を押収したら、その旗にはたくさんの名前が書いてあった。自分たちの敵として憎む日本軍の兵士にも、親兄弟があり、妻がいるのだということを、日本兵も人間だということをその時に知ったというのです。彼は、敵を憎んではいけないというのは、その時に自分が得た最大の教訓だと強く言いました。そして、広島、長崎に原爆を投下したことについて、自分は大変申し訳なく思っていると言い添えました。淡々と、あるいはボソボソと語られた一部始終は私の心に沁み入りました。(出典:松澤弘陽「全体戦争と総動員体制 少年の経験・記憶・考察」黒澤文貴編『戦争・平和・人権 ―長期的視座から問題の本質を見抜く眼』原書房、2010年所収)

松澤先生はこの文章に続けて、「想像力によって自分と反対の立場に立つ敵をも同じ人間として理解できるようになった」のではないかと分析されていました。物語を読むという体験は、対立し合う人々が共に生きていく際に必要な想像力を身につけるうえで、重要な役割を果たすのではないでしょうか。凄惨な戦争が続いている現在の世界において、物語を読むという経験を大切にすることは、平和を作り出す一歩になるのではないかと考えています。


栃木学習センター機関誌「とちの実」第134号(2024年10月発行)より掲載

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