長野 達也
岐阜学習センター客員教授
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「リーガルマインド」という言葉があります。
法学的な見方や発想といった意味ですが、法学に限らず、さまざまな学問分野ごとに世の中の見方・捉え方・切り口は違うでしょう。世の中のいろいろなできごとを経済学という視点から見てみると、また違ったことがわかったりします。
コロナ禍が世界的には一応の終息をみたことで、訪日観光客も急増しています。
京都をはじめとして、名の知れた観光地(飛騨高山も含みます)ではオーバーツーリズムが問題となりつつあります。観光客が来てくれること自体は嬉しいわけですが、キャパシティを超えて観光客が殺到すると、やはりいろいろな問題が起きます。ごみのポイ捨てもその1つです。
世界的に見ると、日本はごみのポイ捨てが少ない清潔な国だといわれますが、ごみをポイ捨てするのが当たり前(ポイ捨てごみは清掃員が片づけるものという常識)という国もあります。そういった国からの観光客に「ポイ捨て禁止」「ごみは持ち帰りましょう」と立札で警告したところでほとんど効果はありません。
では、駐車違反の取り締まりのように、監視員がポイ捨ての現場を押さえて注意すればよいのでしょうか?これだと、「自分が捨てたのではない」などとトラブルになるのは容易に想像できます。あるいは、監視カメラを設置して、ポイ捨てした人物を特定して罰金を科すという方法もあるでしょう。しかし、監視カメラの映像をチェックする人件費などを考えると、現実的ではないでしょう。カメラの死角にポイ捨てするだけです。
では、どうすればよいのでしょうか?経済学では、「人は自分の得になることなら進んでする(自分の損になることは避けようとする)」と仮定します。これを応用すれば、「ごみをポイ捨てすると損をする(ごみを所定の場所に捨てれば得をする)」ように仕組みを作ればよい(インセンティヴ=誘因を与えればよい)とわかります。例えば、飲料のペットボトルを販売するときに、1本当たり10円とか上乗せして販売しておき、ポイ捨てせずに決められた場所に返却すれば、その10円の払い戻しを受けられるようにします。
この仕組み(デポジット・リファンド制度)が導入されれば、ペットボトルをポイ捨てすると、預けておいた10円は返ってきません。10円を返してほしい人はポイ捨てしないでしょう。また、気にせずポイ捨てする人がいたとしても、捨ててあるペットボトルを拾って10円を受け取ろうという人が出てくるので、結果的にポイ捨ては減ります。
ごみのポイ捨てに限らず、何か問題が起きたとき、「しっかり取り締まれ」とかいった声がしばしば聞こえてきます。「私たち1人ひとりの意識改革が重要です」とマスメディアはいいます。しかし、意識が全く変わらなくても、ポイ捨てごみは減らせるのです。デポジット・リファンド制度を導入しても、人びとの意識は何一つ変わっていないでしょう。モラルが向上したわけでもありません。しかし、ポイ捨てごみは減ります。ポイ捨てすると、損をするからです。
イソップの寓話「北風と太陽」では、旅人のマントを脱がすのに成功したのは太陽でした。暑くなれば、マントを脱いだ方が快適だから旅人は自発的にそうするのです。私たちは、他人に何かしてもらうときに、北風のように自分の都合だけを前面に押し出しがちですが、そうすることが相手にとって利益あるいは損失になるとわかれば、相手は自分の損得を考えて進んで行動するでしょう。そこで必要なのは、目的を達成できるように相手に行動を起こしてもらう仕組みをよく考えてしっかり作ることです。こうした見方で実際の世の中の仕組みを眺めてみると、また新しい発見があります。どうぞ、いろいろな学問に触れて、常識や先入観や固定観念とは違った見方を知ってください。
岐阜学習センター機関誌「ふれあい」第197号(2024年10月発行)より掲載