【学習センター機関誌から】ネガティブ・ケイパブリティ ―答えを急がない構え―

中嶋 みどり

宮城学習センター客員准教授

21世紀は生活の仕方や生き方に豊かさ、明るさ、健やかさ、コストパフォーマンスやタイムパフォーマンスを求めるようになり、「おもてなし」「ホスピタリティ」の精神や「ポジティブ・ケイパブリティ」が重要視されている。「ポジティブ・ケイパブリティ」とは、「問題を分析し、できるだけ早く対応策や答えを出し、不確実性や不思議さ、曖昧さを解消し、複雑な懐疑から脱出する力」で、「問題に対して即座に的確な正解を出す力」である。確かに、望ましい能力であり、現代はこの資質を重要視し、評価しがちだ。

ところが、現代は不安定・不確実、複雑、曖昧(VUCAとも言う)で、身近にはCovid-19、年金・社会保障問題など、安定した未来を描ける気がせず、漠然とした不安を覚えるのも当然である。このように先行きが不透明で、正解のない問題を抱えている時には、「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える力」である「ネガティブ・ケイパブリティ」が強く求められる。未知や不確実性の高い中で、「事実や理由を早急に求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる力」を発揮し、わからなさに留まるのは、曖昧さへの耐性も強く求められるものである。

人間は目の前に理解できないものや不快なものがあると、「すっきりしたい」「正解を知りたい」「なかったことにしたい」と思うのが性(さが)である。情報社会の今なら、少し検索すれば、素早く的確そうな複数の対応策に行き着き、共感する人や影響力のありそうな意見を見つけ、安心できる時代だ。つまり、ポジティブ・ケイパブリティが発揮されているため、ネガティブ・ケイパビリティに留まり、養う機会が減っているといえる。現に、放送大学でも熱心な学生さんが「簡単に学べる本や手段はないか」「先生の意見(一つの明快な答え)を聞きたい」、「先生の出すテーマに関心がないが、他人の話や知識は聞きたい」等、等身大の学びたい気持ちを話してくださる。しかし、私の専門の心理臨床や心理学の応用分野は、100人いたら100の心、個性、経験、状況があるため、単純な話でない。特に人間関係の問題を捉える際は、常にオーダーメイドで考え抜く姿勢が必須で、情報検索して出てくる対応策は、多くの場合に参考になっても、困難かつ複雑な場合は、一筋縄にいかない。例えば、職場でも「この時どう対応すればいいか」と悩む相手に、常に「私ならこうする」「こうしたらいいじゃない」と助言し続けると、安心感をもたらし、手懐けられるし、自分の有能さを示す機会となる一方で、依存性を高め、表面的な理解で終わる原因となり、曖昧な状況で自分で調べて対応策を考え抜く機会も失われやすい。また、多少失敗や傷つきを経験しながら気づきを得たり、勇気を出して対峙し、成長する機会も失われ、より不安に対する恐怖や不快なものへ嫌悪感が敏感になる可能性に繋がるとも考えられる。あくまでも「状況による」が、不確定・曖昧な将来や時間のかかる問題を考える時や、学びを習得して、成長しようとする時こそ、素早く正解や助言を出すのが良いと限らない。あえて急いで答えを出さず冷静に自分なりに考えること、相手に歩調を合わせながら、探求・静観する姿勢、すなわち、ネガティブ・ケイパブリティで臨む方が急がば回れになる場合も多い。「困る状況にするのか?!」と怒られそうだが、全てをそうしなさいと提案するつもりはない。ある程度、自分なりに考え、調べた後で、他人に聞いたり、依存することは、決して悪ではなく、重要である。学びも含めて人生には、どうしても時間のかかることがあるが、『時間のかかることには、時間をかけるしかない』ものだ。ご自身の学び方やペースで、今後も充実した学びを得ることをお祈りしています。


宮城学習センター機関誌「ハロー・キャンパス」第132号(2025年1月発行)より掲載

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