【学習センター機関誌から】標本の価値とは

寺林 優

放送大学香川学習センター客員教授

私の専門分野は地質学で、岩石、特に変成岩を研究対象としてきました。国内はもとより海外11カ国、21以上の地域でフィールドワークを行いました。調査地域には、地球最古約35億年前の生物化石の産地、約5億4千万年前に多種多様な生物が地球上に出現したカンブリア爆発の時期に大陸同士が衝突してできた造山帯、プレートテクトニクスでのプレートが誕生する場所である海嶺が、プレートの墓場である海溝に沈み込んでいる地域などがあります。

地質学を志した理由を聞かれることがよくありましたが、大概は黒部ダムや黒部峡谷、扇状地で有名な富山県の黒部川の近くで生まれ、鮎釣り、カブトムシ捕り、秋グミ採りなど、黒部川やその河川敷を遊び場として育ち、色々な岩石を見ていたからだろうと答えていました。ですが2010年6月に小惑星探査機「はやぶさ」が、小惑星イトカワでのサンプル採取を完遂して7年ぶりに60億キロメートルの旅を終えて地球に帰還し、JAXA宇宙航空研究開発機構相模原キャンパスに隣接する相模原市立博物館で、「はやぶさ」帰還カプセルなど(はやぶさ本体は燃え尽きてしまいました)が一般公開されたときに長い行列ができた映像を見て思い出しました。

1969年にアポロ11号で人類が初めて月面に降り立った映像をテレビで見た小学生だった私は、翌1970年に大阪で開催された日本万国博覧会に、父に連れられ富山から国鉄色の特急「雷鳥」に乗って行きました。万博会場で、行列が何重にも取り囲んだアメリカ館で、前年にアポロ12号が持ち帰った「月の石」を見た感動体験が、現在に至っているのではないかと思ったのです。

私が館長を務めている香川大学博物館でも、「映像だけでなく本物を」、「40年前の感動を香川の子供たちにも」と学内外のバックアップを得て、2011年10月20日から24日まで、JAXAの協力で「はやぶさ」帰還カプセルなどの実物を巡回展示しました。5日間の会期中に1万人超の来場があり、子供たちだけでなく、41年前に月の石を見た方もそうでない方にも、宇宙のロマンと科学技術のあくなき挑戦を本物から感じていただけたと思います。

テレビ番組で、所有している美術品や骨董品などのコレクション、持ち主にとってはお宝の真贋を鑑定し評価するバラエティ番組があります。30年も続く長寿番組で根強い人気があるようです。私のかつての研究仲間も鉱物や化石の鑑定士としてたびたび出演しており、ときどきですが興味深く見ます。この番組でもよく「博物館級」という表現が用いられますが、さて「博物館級」とは、どのようなものでしょうか?立派、希少、貴重、高価などが思い当たります。

博物館は、歴史博物館や科学博物館をはじめ、美術館、動物園、水族館、植物園などを含む多種多様な施設であり、全国で6千館近くあります。博物館に所蔵・展示されている標本資料は、すべては「博物館級」ではないでしょうか?一方で、「教科書的」という表現があります。学校教育で教材として使われる標本がこれに当たるでしょう。これらの標本は、希少でないものが多く「博物館級」と比較して価値が劣るのでしょうか?

古い歴史を持つ学校の理科室には、古くて汚い(その多くは変色した)剥製標本が保管されていることがありますが、「気持ち悪い」と廃棄されることが多いようです。長野県諏訪市の高等学校に保管されていたトキの剥製標本が、1910(明治43)年に千葉県北部から茨城県南部にかけての地域で採取された可能性が高いことが今年になって分かりました。教科書的な標本が、当時の生物分布に関する新たな発見となったのです。

このような事例は枚挙にいとまがないでしょう。標本の価値は、時によっても受け手によっても変わります。博物館の大小を問わず見て回ることで、きっと新しい発見があると思います。


香川学習センター機関誌「息吹」第133号(2024年7月発行)より掲載

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