【学習センター機関誌から】食の安全と定量性

岡村 浩昭
鹿児島学習センター客員教授
鹿児島大学 教授

食の安全は、我々にとって大きな関心のあるテーマです。書店では「食べてはいけない食品」や「買ってはいけない食品」などというタイトルの書籍や雑誌記事が良く目につきますし、SNSでも「~は体に良いらしい」「~は体に良くないらしい」などという情報がたくさん見つかります。

このような情報の信頼性はどのようにして判断すればよいのでしょうか。
我々化学者が生物に対する物質の影響(生物活性)を議論する際に重視する項目は定量性、すなわち物質の濃度と量です。どれだけ強力な生物活性があっても、微量では効果がありませんし、わずかな活性しか持たない物質であっても、大量に摂取すると大きな影響が現れます。

例えば、ビタミンA(レチノール等)は皮膚や粘膜を健康に保つために欠かせない栄養素であり、一日当たり700~900マイクログラム(レチノール換算)の摂取が推奨されています。ビタミンAはレバーなどに豊富に含まれますので、積極的に食べているという方もいるでしょう。ところが、ビタミンAは過剰摂取(一日当たり3000マイクログラム以上)すると肝臓障害などの健康被害をもたらす物質でもあります。食品には微量しか含まれませんので、通常は過剰摂取の心配はありませんが、サプリメントなどを飲みすぎると悪影響が出てくる恐れもあります。過ぎたるは猶及ばざるが如し、ということです。

最近では、東京電力福島第1原発処理水の海洋放出をめぐって放射性のトリチウムによる海産物への風評被害が深刻な問題となっています。放射性物質と聞いて「怖い」と感じるのは当然のことですが、ここでもやはり定量的に考える必要があります。
意外に思われるかもしれませんが、我々は日常生活において、食品や空気に含まれる放射性元素及び宇宙線によって被ばくしています。さらに、人によっては医療用X線検査などによる被ばくもあります。日本人の平均年間被ばく量は、2.1ミリシーベルト(自然放射線のみ)から6.0ミリシーベルト(医療被ばく含む)と見積もられています。健康に何らかの悪影響がみられる被ばく量は100ミリシーベルト以上とされていますので、この程度の被ばくであれば心配する必要はありません。

では、処理水による被ばく量はどの程度でしょうか。処理水に含まれるトリチウムの放射能の強さは1リットル当たり1500ベクレル。万一、1リットルの処理水を飲み込んでしまったとしても、人体に対する被ばく量はわずか0.027マイクロシーベルト(線量係数0.000018μSv/Bqとして計算)です。実際には、処理水は海洋放出されるのですから、処理水に由来する被ばくは無視できるレベルとなります。

食の安全を考えるときには、不安や恐怖で思考停止するのではなく、定量的なデータに基づいて冷静な判断を心がけたいものです。風評に惑わされることなく、おいしい海産物を楽しみたいと思います。


鹿児島学習センター機関誌「かいこうず」第101号(2023年10月発行)より

公開日 2024-01-23  最終更新日 2024-01-23

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