放送大学高知学習センター所長 深見 公雄
このたび新しく放送大学へ入学され、高知学習センターへ所属された皆さん、ようこそおいでいただきました。当センターの教職員を代表し、心から歓迎いたします。
さて私はもともと海洋微生物生態学が専門であり、長いあいだ、微生物を中心に、海の生態系や食物連鎖について研究してきました。今回の歓迎メッセージでは、これからの人類の大きな課題となるであろう食料確保に向けた海の役割について述べてみたいと思います。
国連の統計によると、世界の人口は現在約80億人で、今世紀末には100~110億人に達するといわれています。このため、地球上に暮らすこれだけの人々の食料を、将来にわたって安定的に確保することは、人類全体の喫緊の課題です。
食料を生産する一次産業のうち、農業は主として穀物、すなわち「食糧」の生産が中心です。穀物とは炭水化物、つまり有機炭素です。では有機窒素、つまりタンパク源はどう確保するのでしょうか。ちなみに畜産は、10kgの飼料(餌)でようやく肉が1kg生産されるため、牧草以外の飼料を家畜に与えている場合は、人々の肉食嗜好が進むほど食料は不足するといえます。しかも畜肉は脂質の割合が魚介類に比べてかなり高く、タンパク含量が低い事が知られています。
ところで、海洋には膨大な量の無機窒素が存在しています。しかしこれは、このままでは人の食料にはなりません。この無機窒素を光合成により有機窒素に変換してくれるのが植物プランクトンです。つまり光のエネルギーで無機窒素を有機窒素(すなわちタンパク質)に変換し、そしてさらに食物連鎖を通して有用魚介類に繋げる。これこそが水産海洋科学であり、水産増養殖です。
将来的なタンパク源の確保には、このように海の生態系や食物連鎖を最大限利用する事が不可欠です。ただし水産増養殖にも問題があります。イワシの餌10kgでせいぜい1~2kgのタイやハマチしか生産できません。言い換えればイワシを食べていれば10kgのタンパク源なのに、私達がタイやハマチを欲すると1~2kgに減少してしまうのです。
このことは、私達が食物連鎖の上位の生き物を欲求すればするほど食料の無駄遣いになるということを意味します。解決策としては、人の食料にならないような有機窒素を利用することです。残飯などを用いて育てた昆虫やその幼虫を利用する研究がいま盛んに行われています。コオロギ・シロアリ・ミズアブ幼虫・ユスリカ幼虫などを代替タンパク源として魚を育てる方法です。
このように現代社会では、食料問題一つとっても、様々な分野の知識や技術が必要となります。このため、今回放送大学に入学された皆さんには、一つの分野だけ勉強するのではなく、物事をいろんな視点・側面から見ることをお勧めしたいと思います。
そのためにも、放送大学で開講されている多様な授業科目のみならず、様々な行事やセミナー・講演会等が開催されている当学習センターを大いに利活用していってほしいと思います。ぜひ頑張って下さい。
高知学習センター機関誌「くじら」120号(令和5年4月発行)より
公開日 2023-06-23 最終更新日 2023-06-23