2025(令和7)年度「放送大学 学位記授与式」が行われました。

学位記授与式の会場であるベルサール高田馬場の写真
会場の全景の写真

2026年3月20日にベルサール高田馬場(東京都新宿区)にて、「2025(令和7)年度 放送大学 学位記授与式」が開催されました。本年度は、教養学部卒業生5,812名、大学院修士課程修了生193名、大学院博士後期課程修了生7名となり、数多くの学生が学びの一つの区切りを迎えました。中でも、最高齢は教養学部101歳、大学院修士課程92歳、大学院博士後期課程69歳。若年層世代から高齢世代まで、幅広い年代での卒業生・修了生を毎年輩出していることは、「生涯学習の放送大学」の象徴です。

式では、文部科学大臣政務官を始めとした来賓の祝辞の後、各総代の謝辞、名誉学生表彰、教員の教育研究活動表彰が行われました。岩永学長の式辞を紹介し、皆様の卒業・修了を祝福申し上げます。


式辞を述べる放送大学長の写真

式辞

本学のフランス文学・映画論の教授である野崎歓先生の名訳、サン=テグジュペリの『人間の大地』冒頭には、「大地はわれわれ自身について、どれだけ本を読むよりも多くのことを教えてくれる。」と書かれています。『星の王子様』でも知られるサン=テグジュペリは、飛行機乗りでしたから、教えてくれるものは上空から見る「大地」でしたが、私たち地上の学習者にとっては、それは「社会」であったり「自然環境」であったり、あるいはまた「人間そのもの」であったりすると言ってよいのだと思います。しかし彼はまた、その学ぶ対象の「大地」は人の理解に抵抗する障害物でもあり、人はその障害物に立ち向かうことで「自己を発見」するのだとも言っています。続けて彼はこうも言います。「しかし障害物に到達するには、道具が必要だ。鉋や鋤がいる。農民は耕作を通して、自然から秘密を少しずつ奪い取る。そして農民が引き出す真実は普遍的だ。」。

その「鉋や鋤」同様に、飛行機も「大地」の秘密に到達する道具になると言うのです。私も半世紀以上前、最初に飛行機に搭乗する機会を得たとき、それまで二次元の視点からしか見ていなかった大地を初めて三次元の視点から見たショックと感激を鮮明に覚えています。

その『人間の大地』の冒頭の記述に敢えて引き付けて申しますと、私ども放送大学での指導も、新しい専門的学問的な知見をそのまま伝達することをめざすのではなく、まさにそうした「鉋や鋤」を手に入れ、あるいは「飛行機の視点」を身に付け、難解な障害物に対峙する力を学生の皆さんに持ってもらうことを究極の目的としてまいりました。もし、知識や情報を効率的にコスパよく知ってもらうだけならば、大学は、無料の「チャッピー」のような生成AIはもちろん、もう古株となったウィキペディアにすら負けてしまいます。というのも、それらが一方向の素早い情報伝達に特化したメディアであるのに対し、大学はそうした「知」の提供を「教授=学習過程」という、より手間のかかる手段を通じて行っているからです。

大学の授業は、「講義-質問や相談-それへの回答」という双方向プロセス、そして「試験問題の提示-答案提出-採点と評価」という双方向プロセスからなっています。素朴な喩えで恐縮ですが、それはいわばキャッチボールのようなものです。

教師が講義や印刷教材というボールを投げ、学生がその球を受ける。今度は学生が「質問」や「意見」といったボールを投げ返し、教師がそれに回答する。「通信指導」や「単位認定試験」も教師の投げるボール、学生の答案はそれへの返し、採点と成績の通知はさらに教師からの投げ返しです。確かに手間がかかります。そのうえ、キャッチボールだというのに鋭く落ちるフォークや軌道がふらふらと揺れるナックル、決して構えたところには来ないスイーパーなどを喜々として投げ込む先生もいたでしょう。時にはなぜか消える魔球を投げる先生もいます。皆さんが球を受けるのも大変です。ただ、キャッチボールの目的は、もちろんボールを単にやりとりして時間つぶしをすることではありません。ボールの質量や質感を体に覚えこませ、投球と捕球の技量を高めるところにあります。それが基盤となって、いくつもの三振を取るピッチングや壁際の魔術師のようなナイスキャッチが可能となるのです。

大学の授業も同様です。とりわけ本学では、そうしたキャッチボールを通して、単なる知識や情報そのものではなく、「鉋や鋤」あるいは「飛行機の視点」、言い換えれば「教養」の提供をめざしてきました。人間や社会、自然環境のどこをどのように切り取って、それをどう情報化し、その情報に分析を加えて、その結果からどのような意味をくみ取っていくのか、さらにはそれを批判的に解釈して どんな結論を導いていくのかといった、それぞれの学問分野ごとのいわば「知」の形成過程を理解し、身に付ける手助けをする・・・そうした一連のプロセスを通して、本学の教育がめざす「教養」を提供することができているのだと信じています。

きょうここに集っているのは、本学の提供する「鉋や鋤」そして「飛行機の視点」を身に付けられた皆さんです。一二四球以上のキャッチボールを無事に終え、あるいは修士論文、博士論文といった快速球、剛速球を投げ返してこられたことに、心より敬意を表したいと思います。ただ、本日が最終着地点だとは思わないでいただきたい。投球、捕球の技術同様、「教養」はそれを使うこと、そしてさらに豊かにするところに本当の意味があるものです。身に付けた「教養」を武器に、ここからより高い次元の知的活動に進んでいただきたいと願っています。冒頭のサン=テグジュペリは、砂漠への墜落や遭難を経験しながら、その都度「明日もまた、空へ」と挑み続けました。今後の皆さんのさらなる研鑽に大いに期待いたします。

おめでとう。

令和8年3月20日
放送大学長 岩永雅也


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