尾崎 正峰
放送大学東京多摩学習センター所長


「タイトルの「世界に一つだけの・・・」の「・・・」に入る言葉として何を思い浮かべられるでしょうか?」とお尋ねすれば、ほとんどの方が「花」と答えられるのではないでしょうか。槇原敬之さんが作詞・作曲を手がけられ、アイドルグループSMAPの歌唱による楽曲の題名ですね。同曲の歌詞に込められている、人というものはついつい比べてしまうけれども、必ずしも一番にならなくてもいい、ひとり一人が違っていていいんだ、とのメッセージが多くの人々の心をつかみ、300万枚を超える大ヒットとなりました。
私の経験した事柄の中で、このメッセージを体現しているものではないか、ととらえていることについて述べさせていただきます。
私は、10年ほど前から「全国聾学校合奏コンクール」(主催:公益財団法人聴覚障害者教育福祉協会)の審査委員を務めさせていただいています。委員就任のお話をいただいた時、正直、「聞くことが不自由な子どもたちが(楽器の)合奏をすることができるのか?」と思いました。しかし、審査にかかわる中で、それは「世の中の常識」という先入観にとらわれた考えであることに気づかされました。審査は、全国各地の聾学校のグループから送られてくる演奏の映像を収録したDVDを視聴する形で行なわれます。どの演奏の映像からも、生徒さん(年齢は小学生から高校生までと幅広いものです)、そして指導者の先生方が一生懸命に取り組んでいることがひしひしと伝わってきます。聴覚障害児・者の教育の在り方について多くの議論があることは承知しているつもりですが、聞くことが不自由であっても音楽をしたいという子どもたちの願いが現実の形となっていることを見てとることができます。
クラシック、ミュージカル、映画音楽、ポップス、等々、取り上げられるジャンルや曲目や楽器編成は多彩そのもので、若干、緊張はしているものの共に音楽をする喜びを感じながらの演奏はそれぞれに個性あふれるものばかりです。「コンクール」と銘打っていますので「比べて」「一番」を決めなければなりませんが、最近の傾向として、演奏レベルの向上が目覚ましく、金賞(第1位)をはじめとする「上位」の学校・グループの演奏は「本当に聞くことが不自由なのか?」と驚きをもって聞きほれるほどの演奏を披露してくれます。それゆえ、「順位をつける」ことは「苦渋の選択」というのが審査委員全員の思いです。
ここで強調させていただきたいことは、これまでに参加した学校・グループの演奏で用いている楽譜は既製のものが一つもないことです。「その子その子」(故・大田堯東京大学名誉教授の表現)の状況に応じて、日々の練習の過程で生徒さんと先生方が、ともに「その子その子」のための楽譜を創りあげ、「その子その子」独自の演奏の積み重ねが「合奏」として表れているわけです。
こうした営みに対して、私はコンクール30周年を迎えた時にまとめた冊子に、SMAPの楽曲をもじって「世界に一つだけの楽譜」とのタイトルの小文を寄稿させていただきました(ここに書いているものと重なりが多く恐縮です)。これまで指導されてきた全国各地の先生方によるコンクールの思い出の文章も多く掲載されています。冊子全体が下記のURLで公開されていますので、ご覧いただければ幸いです。
https://www.choukaku.com/pdf/gakufu.pdf
以上のことを放送大学にひきつければ、学びへのもろもろの思いをもとに「世界に一つだけの学び」を、ひとり一人が追及していくことができる場が放送大学です。自らが選び取った学びの形で一つのことに懸命に取り組むこと。それが(大それたことではないけれども)他の誰でもない「世界に一つだけの自分」を表現することにつながっていくのだと思います。さらに言えば、「世界に一つだけの学び」を通して「世界に一つだけの自分」をめざすという思いを同じくする方々との交わりも大きな意味を持ってきます。学習センターを「ともに学ぶ」交流の場として活用していただけることを願っています。
<付記>
今年(2025年)11月15日から12日間、「デフリンピック(きこえない、きこえにくい人のためのオリンピック)」が日本で初めて、東京地域を中心に開催されます。デフアスリートの各種競技のパフォーマンスを間近で見ることができるとともに、違いを認め合うことの意味を考える機会になることでしょう。
東京多摩学習センター機関誌「多まなび」第30号(2025年1月発行)より掲載