【学習センター機関誌から】文章を書くということ(3)

広島学習センター所長 山田 隆

卒業論文を書くにあたって、立派に書こうと思い悩むより、まず書けるところからどんどん書くほうが良い。書き始めたら、断片的でもよいから一気に書くのがコツである―と前に 述べた。即座に反論が聞こえそうである。

そうはいっても、次から次へと考えが浮かんでくるわけではない。心に湧いた考えも文字に表現するのはそう簡単ではない。勿論、人によって作文の上手、下手、好き、嫌いがある。読書の習慣のある人、新聞を毎日読む人、日記をつけている人、こまめに手紙やメールを書く人などは、比較的文章へのなじみが深い分、作文への抵抗が少ないだろう。語彙が多く、思いを文字に表しやすいと言える。

作文が苦手な人は、とりあえずこれらの習慣を意識するとよいかもしれない。放送大学生のレポートなどを読んでいて気になることがある。まず、文の基本構成と文と文のつながりである。主語が不明、区切りのない長い文、「が」 で繋げた文と文(「が」の使い過ぎ)、「ですます」と「である」の混乱、文意をあいまいにする語順などが典型的である。 文章の何がどう悪いのか、どこをどう直せばよいのか、を考えるために人に薦めている本がある。

『知的文章術 (外山滋比古著)大和書房』である。本屋にたくさん並んでいる「作文の指南本」の中では出色物である。良文、悪文を例に挙げ、添削例を示している。「ですます」よりも「である」のほうが良い理由も記されている。効果的な短い 「センテンス」への変換もたくさんの例文で紹介されている。このように「文章を作る技術」を知ることは大切である。知っておくに越したことはない。


しかし、机に向かって、野球の変化球の投げ方、打ち方をいくら学んでも、野球が上達 するわけではない。この本の中で「文章を書くコツ」の章の最後の部分に、「放胆文」に関する一節がある。「放胆文」 は今から 700 年前、中国の科挙を受験するにあたっての文章道受験参考書である『文章規範』の中に出てくるという。

その意味するところは、「初めは肝の大なるを要し、終わりは心の小なるを要す」。つまり、「はじめは、あまり小さ なことに心をわずらわすことなく、思い切って大胆に書け。大まかなところを書いて、それからはじめて、こまかいところに心を用いよ」だという。

だから、話は最初に戻る。少しぐらい不具合があってもよいから、とにかく書いてみることが大事である。最初から完璧な文章など書けるわけがない。赤字で添削されたレポートを喜びとし、さらにどんどん作文に挑戦する。この姿勢があれば、最後に立派な卒業論文が仕上がると確信できる。


(広島学習センター機関誌「往還ノート241号」より)


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公開日 2021-07-19  最終更新日 2021-08-18

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