満ち足りない私たちは常に可能性を秘めた存在である  永谷 直子(ながたに なおこ)/ 福岡学習センター

 

私の思春期・青年期は、日本の失われた20年あるいは30年と重なる。感性を磨き多くの実りを得る年頃をロストジェネレーションと呼ばれて過ごした私たちは、あらゆる獲得の可能性を実感することが困難な「あらかじめ失われた世代」でもあった。

ほんの少しはみだせば機会の全てが閉じられてしまうような危うさを孕んだ時代。高校を中退した16歳の私は「みんなとは違う方法で大人になるしかないんだな」と思った。今振り返ればもっとやりようがあったかもしれないが、10代の頑さは社会に飛び込む選択をした。以来、非正規雇用で様々な職種に就いた。人とは少し異なるが、自分なりの視点で世の中をとらえ青春と呼べる時間を持つこともできた。

しかし多くの同世代が進学、就職、結婚など人生を歩み進める中、私は変わらず無秩序の中にいた。このまま漂い続けるだけなのか。世界を知りたい。そして自分自身の感覚を通した言葉であらわすことはできないだろうか。生きることへの迷いやとまどいは知的好奇心と結ばれた。

放送大学は、規定単位を修得することで全科履修生への入学資格が得られる。この制度により私は、高校卒業程度認定試験を経ず正規課程の大学生となった。20代後半で学習を開始し、10年かけて心理と教育コースを卒業した。最終年度には卒業研究にも取り組んだ。

放送大学卒業生総数のうち、新制の中学校等からの卒業生は1.3%(*)と少数派だ。だが例年、一定数存在し学びのセーフティネットとなっている。何らかの事情で教育機会が途切れても大学で学べる。事例はある。この情報が現在、就学継続の困難を抱えている方にどうか届いて欲しい。強く願う。

さて、学位を得た私は何かを掴むことができたのか。社会の枠組みの中での立ち位置は特段変わらない。世界は知ろうとするほどよくわからないし、自分自身さえ正体不明だ。けれども、わからないことを知ろうとする。方法を探る。「わからない」と「知りたい」を行き来するその「間」にこそ生の躍動があるのではないか。そんな気づきを得た。

満ち足りない私たちはいつでも可能性を秘めた存在だ。未満未然の迷いの隙間に何を見出すか。どのように照らすか。生きる様式を模索し続けることこそが、私が学問に向かう動機である。

* 『2020年度放送大学学園要覧』p55「卒業生等の概要 / 学部卒業生の属性」より算出


プロフィール  

永谷 直子(ながたに なおこ)

  • 1981年生まれ 高校中退後、20代後半で選科履修生として学習を始める
    規定単位を修得し、高校卒業程度認定試験を経ず正規課程の大学生になる

  • 2020年 放送大学教養学部 心理と教育コース 卒業 (2019年度卒業生総代)
    放送大学教養学部 人間と文化コース 再入学
    認定心理士資格取得

  • 2021年 放送大学大学院文化科学研究科 修士選科生 入学

     


福岡学習センター  https://www.sc.ouj.ac.jp/center/fukuoka/

公開日 2021-07-16  最終更新日 2021-08-23

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